〈僕〉七郎は、妻の紹介で通い始めた銀座の美容院で、いまだ髪を切ってる。
「いまだ」というのは、「妻」は離婚した「元妻」で、しかし〈僕〉はいまだ脳内では「妻」を「元妻」と言い換えられずにいる。
正月明けに離婚届を出し、「現在」は8月の終わりだ。
「現在」は進行形で日付が、太字で示されている。頭の数字は、章になるのか。
1――8月30日 昼
「過去」は2パターンある。
5――2年前 12月中旬 午後10時
妻と上手くいかなくなった頃。
7――91年
大学時代、親友津田との出会いを中心に。
【パラレル】parallel
直線や平面が平行であること。また、二つの事柄が、ならんで交わることなく存在すること。また、そのさま。
精選版 日本国語大辞典より
解説(米光一成)にあった、長嶋有インタビューの文面を抜き出してみよう。
僕の中でイメージしていたのは、タランティーノ監督の映画みたいな感じです。「5 years ago」と黒地に白抜きで出たら、回想っぽいムードなく、いきなり現在進行形で五年前の劇が始まる。それで、また暗転すると、今度はファミレスで殺し屋がいる場面に戻る。
そんな風に小説は、行きつ戻りつ淡々と進んでいく。
「淡々と」と思ったのは、〈僕〉がなにかすべてを客観視しているというか、俯瞰しているようなところがあるからだ。たとえば、現在、津田とキャバクラで。
サオリと津田との関係は、僕にもなんだかよく分からない。一年前に銀座のキャバクラに連れて行かれたときにもそこにサオリはいた。(中略)こういう出会い方がつづくと我々の行く先々にサオリが”潜入して”いるようにみえてしまう。敵か味方か峰不二子。僕は慣れない水割りを呑み干した。
あるいは、2年前。妻と険悪だった日々。
「悪天候で着陸できない飛行機はね、いつまでも上空でぐるぐると同じところを回りつづけるんだって」
いつか妻はそういっていたが、家の周囲をぐるぐると歩き回るうちに、それは僕のことかと思われてきた。なにしろ家に入るのが億劫だ。駐車場に回ると、三階の窓のカーテンの向こうから明かりが漏れている。妻は帰宅しているらしい。
2年前、女と別れた津田と呑んでいるとき。
「なあ七郎、おまえ俺が女に刺されるかなにかで死んだらさあ、ヨットで沖まで出て、夜明けに俺の骨を散骨してくれるか」などといいだした。船舶免許もないしヨットも持ってないよと答えるとガバリと起き、僕の顔を見て
「俺、おまえのそういうところ好きなんだ。いつでも打てば響くように台無しな答え方してくれる」と微笑んで、またテーブルに突っ伏した。「いつでも」ってことないだろう。
自分が不倫して離婚したのに、頻繁にメールや電話をしてくる「妻」。会社を辞め、フリーのゲームデザイナーをしているのにゲームを作っていない〈僕〉。ラブとジョブにしか興味がないプレイボーイ、津田。旅先の京都からいきなり呼び出す、サオリ。津田はいつか誰かに刺されると言っていた、津田の元カノとも再会する。
「淡々と」のあいだに漂う空気は意外にも乾いておらず、一人称で語っている〈僕〉は言葉に変換するよりずっと傷ついているのだった。
まるで、過去と現在が平行線を辿っているかのように。
たしかに現実にも、そんなときがある。
ラストは、思いがけずハッとされられ、感動した。
2004年に新刊で発表され2007年に文庫化。購入したのは2012年だったようですが、その後積ん読に。積んどいてよかった。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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