16章ある連作短編集は、章ごとに場所とランチがタイトルになっている。
たとえば「第一酒 武蔵小山 肉丼」「第二酒 中目黒 ラムチーズバーガー」など。
肉骨茶(バクテー)あり、サイコロステーキあり、海鮮丼あり、とんかつ茶漬けありの飯テロ小説だ。
主人公、犬森祥子は見守り屋。離婚して以来、幼馴染みの亀山に拾われて何でも屋ならぬ見守り屋のスタッフとして働いている。仕事は夜更けから翌朝まで。見守る相手は、幼児だったり、犬だったり、認知症の老女だったりいろいろだ。ただ話を聞いてほしい女の場合もあれば、自殺しないよう男を見守るケースもある。
その仕事明けに、今日もお疲れさまと、ランチしながらひとり酒を飲むのが祥子の楽しみだ。
たとえば、ラムチーズバーガー。
紙の袋を開いて、一口目をかぶりつく。味の濃い、力強いバーガー。羊特有の臭みはほのかに、でも、確実にラムの味がする。尋常じゃない量の肉汁が落ちた。
―袋がなかったら、手がびしょびしょになっただろうな。これ、おいしい。絶対ブルックリンラガーに合う。
慌てて、ビールのグラスをつかみ、ごくごく流し込む。
「あうっ」
あまりのマリアージュの見事さに、思わず声が出た。
しかし祥子は、ただ楽しくて酒を飲むわけではない。
別れた夫のもとへ残してきた8歳の娘のことを思わない日はないし、義母との確執に苦しめられた日々を思い出すだけで胸が絞めつけられる。ランチだが、1日の〆に酒を飲まなければひとりの部屋に帰っても眠れない夜ならぬ昼を過ごすことになる。
そんな自分から抜け出そうとあがきつつ、楽しい顔で美味しいランチと酒を味わうのである。
もと夫と娘と3人で、フレンチレストランでコースを食べたのは代官山だ。
もと夫が再婚することになり、その話を3人でしたいと言いだしたのは祥子だった。新しく迎える妻とともに娘に伝えたいともと夫は渋るのだが、祥子は娘と向き合いたかった。
ああ、おいしい食べ物ってなんて素敵なんだろう。なんて、人の気持ちを和ませてくれるんだろう。
日々、すべてがうまくいくわけではない。
けれど、祥子はそう思わずにはいられない。
人は、切ない思いを抱えていたって、美味しいものを食べれば美味しいと思うのだ。
そして、すべて実在するお店で構成されているというこの小説。実際に食べに行きたいという欲求でいっぱいになった。
本屋で偶然手にとった文庫だったけど、続編『ランチ酒おかわり日和』も、読みたいな。
美味しいものが登場する小説、大好きです。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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