R-18文学賞読者賞受賞作品「まばたきスイッチ」を含めた6編の連作短編集。
”主婦”であるがために陥る心の病を、鮮烈に描いている。
「眠る無花果」
ブレーキを踏まずに電柱に激突した母は、自殺したのだろうか。小6の絵子は、整体師の父がただひとり裸で施術する女がいることを知っていた。
「無花果って、花は咲かないんでしょう? なのに花言葉があるの?」
「実の中に花が咲くのよ」
母は言った。実の中に花が咲く。なりをひそめるように。
「見せたくないものは、見せないようにするの?」
「そうよ」
無花果の実を頬にあてた母の顔は、無花果のそれよりも毒々しかった。
「まばたきスイッチ」
「たとえ専業主婦でも、女はいざという時のために最低百万円は隠し持っているべきでしょう」
結婚12年目38歳の主婦、美津子は、新聞のなやみ相談でその回答を読み、在宅でテレクラのバイトを始める。8歳年上の夫は何も気づかない。おにぎりに入った鮭の小骨の方が余程気になるのだ。
美津子は、向かいのアパートで洗濯物を干す金髪の男に、恋ではないと知りつつ思いを寄せるのだった。
「さざなみを抱く」
58歳の夫が倒れたとき、その部屋には若い男が一緒にいた。5つ年下の詩季子は結婚30年を迎え、初めて夫の性癖を知る。夫は下半身不随となったが、そのことにどこか安堵しているようにも見えた。詩季子は、納得できなかった。
今夜、金髪の男がやってくる。
あの日、病院の喫茶室で約束したのだ。
私を誘惑してくれるようにと。
「森と蜜」
1話目の絵子の母、美緒が語り手。死ぬまでの日々、よく小学生の頃を思い出していた。自分とお下げ髪を交換したがためにレイプされ殺された友人のことを。
「まだ宵の口」
40代でひと回り上の夫と結婚した和香奈は、子供をあきらめ、夫とすれ違う暮らしに切り替えた。早朝4時から団子屋でのバイトを始めたのだ。小学生の娘を置いて失踪したシングルマザーの親友は、戻ってきて気持ちをぶちまける。
「どんな母親だって、母親じゃない自分を夢見るのよ。数パーセントでも、一年に数日でも、逃げたいって思うのよ」
「月影の背中」
ミス交通安全だった由紀乃は、裕福な主婦なのに自らタクシー運転手となった。夫は言う。
「時々家でも運転手の制服を着てね」
夫のなかで由紀乃は、婦人警官姿の物言わぬ人形だった。
”主婦”という家庭に入った女たちは、きっと誰もが少なからず違和感を抱えている。
家庭という密室に充満した静かな毒——閉塞感にそれぞれが持つ問題が化学反応を起こした――が自分を蝕んでいくのを知りつつも、そこから簡単に抜け出すことはできない。
しかし、この小説集に登場した女はみな、自ら行動を起こしている。
テレクラ、団子屋、タクシー運転手と、仕事へ社会へと向かっていく女。夫の気持ちを必死に確かめようとあがく女。金髪の男との情事に傷を埋めようともがく女。
”主婦”であるがために陥る心の病から、苦しみ抗い、それでもあきらめずに抜け出そうとしていた。
だからこそ、思えた。
きっとみんな、もがき苦しみ、抗いあがいている。わたしもがんばろう、と。
『主婦病』というタイトルに、魅かれました。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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