引き続き、小川洋子を読んでいる。
『口笛の上手な白雪姫』は、8編から成る短編集に置かれているテーマは、偏愛だ。裏表紙には、こうある。
偏愛と孤独を友として生きる人々を描く。一筋の歩みがもたらす奇跡と恩寵が胸を打つ
「先回りローバ」は、吃音を抱え、挨拶ができず自分の名前が言えない小学生男子を描いている。
「お声だけがどうしても先回りしてしまわれる。あなた様のお口には無言が取り残される。そういうことでございましょう」
ローバは箒を握り直し、さらに深く腰を折り曲げた。
「よく、分かんない」
「さほど特殊な事態でもございません。まあ生じるのです。ほんのちょっとしたズレ、でございますね」
ローバは、先回りして〈僕〉のズレを修正しているという。
偏愛、というところで見ると、〈僕〉が愛していたのはローバではなく、時報を告げるお姉さんだ。どもることなく性格に時間を告げ続ける彼女に、特別なものを抱いていた。
けれどある日、両親に117にダイヤルすることを止められる。吃音の〈僕〉が、両輪の留守中、電話に出なくても言いようにと思いついた苦肉の策だったのに。そして吃音は、彼らに原因があるというのに。
「亡き王女のための刺繍」は、出産祝いによだれかけを贈り続ける〈私〉の話だ。りこさんは、50年前〈私〉のためにしてくれたのと同じようにクオリティの高い刺繍を施してくれる。
「かわいそうなこと」リストをノートをつけているのは、小学生の〈僕〉だ。
博物館で出会ったシロナガスクジラの全身の骨に、目が釘付けになる。
地図も持たずに君は、尾びれを振り上げ、背骨をしならせ、僕の中を泳いでゆく。きっと賢い君だけに見分けられる印があるのだろう。ちっとも迷ったりしない。小さな魚たちを驚かせないよう、動きはあくまでゆったりしている。
「一つの歌を分け合う」は、大学生の息子を急病で亡くした伯母を、偶然な出来事から〈僕〉は思い出す。
「乳歯」は、いく度となく迷子になった〈君〉と、狂わんばかりに探す両親を描く。
「仮名の作家」は、作家ミスターMMの恋人である〈私〉の語りだ。〈私〉には、小説を読むだけで彼が耳もとでささやく声がはっきりと聴こえた。
「盲腸線の秘密」は、廃線の危機にある赤字路線を救うべく「盲腸線」に載る曾祖父とひ孫のストーリー。ふたりは、用もなく乗っていると思われないように、物語を組み立て、役割を演じることに徹する。
「口笛の上手な白雪姫」は、銭湯に居着いた小母さんのことだ。入浴中の母親に代わり、赤ん坊を世話するのが小母さんの仕事だった。
たとえ赤ん坊を前にしても、小母さんはわざとらしい笑顔を見せたり、大げさな声を出したりはせず、普段の無愛想を貫いた。にもかかわらず、石鹸が目に入ったり、眠くてたまらなかったりして泣いている彼らを、たいていは落ち着かせることができた。小母さんの武器は口笛だった。
ある日、6歳の女の子が行方不明になり……。
偏愛って、何だろう。偏った愛、愛しすぎること、固執し過ぎること?
そこまで愛せるものに出会えたのなら、幸せなんじゃないかな。
しんとした静けさ漂う、文庫表紙。
10年以上前からある『妊娠カレンダー』も平行して読んでいます。何度も読み始めて挫折した芥川賞受賞作です。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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