辻村深月の4編から成る短編集は、どの短編も過去と現在が交錯する。
主人公に寄り添い、むかしの「あの人」をイメージして読み進めると、世界は一転する。
推理小説のような趣きがあり、先が読めずドキドキしながら一気読みしてしまうおもしろさだった。
「ナベちゃんのヨメ」
ナベちゃんの嫁がヤバいらしい――という噂が立つ。
ナベちゃんは大学時代コーラス部で一緒だった男子だ。色白で華奢な彼は、男子部員より女子部員と一緒にいる方が多かったが、モテたわけではなく、男子扱いされないイジられキャラだった。
そのナベちゃんの嫁は、ずいぶん嫉妬深いというか心配症というか、女子とのメールも禁止。ナベちゃんも嫁の言いなりだ。結婚式の招待も撤回してきた。
コーラス部の女子たちは怒り心頭だが、佐和はナベちゃんのことも、嫁のことも責める気持ちにはなれなかった。
「パッとしない子」
国民的アイドルグループのメンバー佑が、かつての母校にやってくる。教え子だった頃にはパッとしない子だったのにと、小学校教諭の美穂は首をひねるが、心は浮き立っていた。
「記憶にない、パッとしない子。目立つ子たちは他にいて、ぼくも弟もそう印象に残る子じゃなかったといろんな人に言っていると聞いたんですが」
「誰に?」
声が上ずる。
言ってない。言ってない。言ってない、と頭の中で声がこだまする。
「ママ・はは」
小学校教諭で2年先輩のスミちゃんに、〈私〉は話した。子育てに自信満々の母親が保護者会で意見して、これからが思いやられると。それを聞いて、スミちゃんは不思議なことを言う。
「まあ、大丈夫じゃない? そういうお母さんは、きっとそのうちいなくなるよ」
「——いなくなる?」
そして、成人式の晴れ着にまつわる本当とは思えない話を始めたのだった。
「早穂とゆかり」
カリスマ塾長として有名人になった小学校時代の同級生ゆかりを、県内情報誌でライターをする早穂は取材することになった。どうしてあんな子が? 早穂には疑問だった。
「さえないっていうか、地味でクラスの中でも目立たないタイプ。ぶ厚い眼鏡して、暗くて、運動神経も悪くて、班替えしても人気がなくて絶対に余る子っていたじゃないですか。ああいう感じです」
人はみな、過去に囚われている。
その過去は、自分から見た風景と他人から見た風景では、まったく違う場合が多い。
何気ない言葉に一生傷つき続ける人もいれば、言葉を発したことすら無自覚であり思い出すこともできない人もいる。4編の短編は、それぞれに過去というパズルを空中分解し、見たことのないゾッとするような風景に作り変えていった。
初版限定の栞が入っていました。プラスチック製?
心に響く一冊になりました。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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