泣かせの浅田次郎史上、最多涙小説だそうだ。
6編の短編から成る小説集は、昭和がぷんぷんと匂う空気を纏っているが、2008年、平成20年に刊行されている。
「夕映え天使」
83歳の父親と、細々とラーメン屋を営む50歳を迎えたやもめの一郎。
正月は、蒲団も敷かずに炬燵で酒を飲み、ただ思い出す。去年の正月には純子がいた、と。
ふらりとやってきて、住み込みで半年働いた純子。愛嬌があり気立てが良い彼女は、すぐに看板娘になった。しかし正月が明けたあの日、何も告げず純子は消えたのだった。
「切符」
小学生の広志は、切符を持っていた。両親が離婚し、広志は祖父と暮らしていたが、最後に母と会ったとき、切符に赤いルージュで電話番号をかき手渡してくれたのだった。
「特別な一日」
60歳。高橋は、サラリーマン生活最後の日を迎えていた。「特別な日」にしない。その誓いを守りつつ1日を過ごしていた。
コップの表面に盛り上がった酒を唇を尖らせて啜りこみ、誓いの正当性について考えた。
よほどの誓いを立てなければ、きょうという日を乗り切る自信がなかったからだった。
たとえばあの厄介者の中島に、きょうだからといって説教など垂れたくはなかった。雅子をこっちから訪ねて、本当は君と一緒になりたかったんだなどと、未練がましいことを言いそうな気がした。
もしかしたら、若月を殴り飛ばしていたかもしれなかった。
他にも思いがけぬ醜態を晒すかもしれないから、俺は決死の戦場に向かう兵士のように誓ったのだった。きょうを特別な日にするのはよそう、と。
「琥珀」
三陸のさびれた田舎町で、荒井は45歳からの15年、珈琲屋を営んできた。あと1週間で犯した罪は時効を迎える。だがそこに現われたのは、定年間近の警官だった。
「丘の上の白い家」
貧しかった子供時代を過ごした下町から、丘の上に真っ白な洋館が見えた。小沢は、一度だけその家の少女と遊んだことがあった。
「樹海の人」
著者の自衛官時代の不思議な体験を、まるで事実であるかのように描いた物語。
いちばん好きだったのは「特別な一日」だ。
「特別な日にしない」という誓いが、人の心に魔法をかける。
特別な日だからこそ、効果を発揮する魔法だ。
たとえ大きな「特別」ではなくても、日々の小さな「特別」に使えたら、と空を見上げた。
けれど残念ながら、一度も泣けなかった。
すっかり心が乾ききっているのか、とも思うが、ジェンダーどうこうではないかもしれないけれど、女性のわたしには物語は楽しめても、感情移入は難しかったように思う。
長編小説に疲れたときに、気軽に読める1冊。
表紙絵は、表題作のラーメン屋「昭和軒」が並ぶ昭和の商店街でしょうか。
三輪トラックや円筒形のポストなど、なつかしい風景。昭和の、わたしが子供だった頃暮らした東京の夕焼けは、こんなに赤かったのでしょうか。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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