グラフィックデザイナーでイラストレーターの和田誠と、料理愛好家でシャンソン歌手の平野レミ。夫妻は、中二の唱(しょう)と小四の率(りつ)を連れ、1989年の夏、長い旅に出た。
フランス、スペイン、モナコ、イタリアを車で巡るおよそ3週間の旅。
平野レミの底抜けに明るい文章に、和田誠の絵が添えてある。カラーページも多く、とても贅沢な文庫である。
ニース在住の日本人カメラマンが通訳兼運転手をしてくれたからこその気まま旅。ホテルもレストランも予約せず、行き当たりばったりだ。
夫はいつも通り知らない料理に挑戦している。メニューの適当なところを指すのだ。
中華が食べたいという息子に、現地の料理じゃなきゃ嫌だという父親。絵だけ見て大人なイメージを勝手に抱いていた和田さんの子供っぽい一面がレミさんの遠慮のない文章で綴られている。
そんな家族だから言えるわがままも、旅の味わいのひとつだ。
買い物大好き、食器大好きなレミさんに、息子たちがいう。
「お母さんは洋服とお皿ばっかりだからやーだよ」
レミさんは、交換条件のようにたまに息子の欲しがるものを買ってやる。
たとえばエッフェル塔の下の広場で、黒人が売っているおもちゃの鳩を。
彼らのことを率くんは「ブラックさん」と呼ぶ。それを真似てレミさんも文章にかいている。その辺りもなんともあっけらかんとしている。
わたしなら、そういう言い方は差別的だと子供にいいそうだし、文章にもかかないだろう。
30年前の長閑さと、明るく開けっぴろげなレミさんの性格にときに呆れさせられながらも、くすくすと笑いながら楽しめた。
フランス、スペイン、イタリアは、どこも旅した土地だ。
思い出すことも多かった。
セーヌ川の遊覧船から見たエッフェル塔と自由の女神。
ルーブル美術館の前のガラスのピラミッド。
アルハンブラの美しい庭と宮殿。
グラナダの石榴をデザインした絵皿。
シエナのホタテ貝の形をした広場に建つ塔。
清掃中で水が抜かれていたトレヴィの泉。(同じだった)
そこにつながる、その時々の時間を思い出した。
なかでも鮮明に映像を思い出すことができたのは、フィレンツェの鼻だけが金色に光った猪の像だ。
夕食にビールやワインを飲み、酔っ払って歩いているときにたまたま通りかかっただけの観光スポットで、その猪の像が微妙な横座りをしていて、その頃家にいた愛犬びっきーの座り方と酷似していた。それを夫婦ふたりで笑ったのだった。
和田さんの絵を見て、そのときの夏の湿った空気や、酔っているのに周囲の風景がしらふのときよりもやけにはっきり見える感覚やヴェッキオ橋から見た遅い時間の夕暮れなんかを思い出した。
デジャビュのオンパレード。ああ、早く旅がしたい。
もちろんレミさんの旅日記なのだから、中心は料理だ。たとえば、スペインバルセロナの「オリーブ」というカタルーニャ地方の料理を出すレストランのパン・コン・トマテ。
パンをカリカリに焼いて皮なしトマトをべったりぬってオリーブオイルをかけただけ。パンの下側はカリカリ。上側がしっとりトマト味。実においしいけど塩をふったりにんにくをおろしたのを載せたりしたいとも思った。
と、こんな感じ。
30年前の旅だが調べたらバルセロナの「L'Olive」はいまだ人気店だった。
また旅に出られるようになったら、ガイドブックと併せて料理やレストランをチェックするのも楽しい。
たぶん、読む人それぞれに違う感覚を呼び起こさせてくれるであろう、まさに「旅の絵日記」だ。
表紙絵も、もちろん和田誠です。
絵をパラパラ見ているだけでも楽しい文庫です。
子供たちふたりの絵も、何枚かありました。小四の率くんのピエロ。味わい深い絵です。
中二の唱くんのグラナダの絵皿。アーティスト一家なんですよね。
フィレンツェの猪。
2007年夏に旅したときの写真です。飲みに行った帰りに偶然通りかかっただけですが、なつかしい~「鼻を撫でると幸運がもたらされる」という言い伝えがあるとかで、だから鼻がピッカピカ!
びっきーが死んでから、もう8年になります。
こんにちわ
楽しそうな和田さんご一家の旅日記ですね。
読んでみたいなあ~。
平野レミさんは、やかましいので・・・苦手なのですが、和田唱さんは、好きです。
かつて、小田さんとのセッションで、わあ~歌の上手い人だなあって、思ったんです。
上野樹里さんと結婚して、率さんのお嫁さんも料理家として、今売り出し中ですね。
旅の歴史は家族の歴史。こんな風に素敵な形になって、和田誠さんも見たかったことでしょうね。
さえさんの旅の記憶も、蘇ってきましたね。
また、訪れたいものですね。私も切望しています。いつの日か・・・。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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