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はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々

『星々たち』

桜木紫乃の連作短編集『星々たち』(実業之日本社)を、読んだ。
不意に桜木紫乃の短編集が読みたいと思い立ち、Amazonで注文した。桜木紫乃には、そんな行動をとらせてしまう不思議な魅力がある。心の奥底に広がるものを覗きたくなったとき、この作家の本を手に取るような気がする。

 

9つの短編からなる小説集は、体というものに翻弄され続けた塚本千春という女の半生を切り取りながら、彼女の周りの人々を描いていく。
1話『ひとりワルツ』千春、13歳。離れて暮らす母咲子を訪ねた。
「ねぇ、ブラジャー買おうよ。そんな大きなおっぱいに直接Tシャツ着てたら、周りの人に気の毒だよ」
千春は自分の胸を見下ろし「うん」とうなずいた。
「ばあちゃんは、なにも言わないの」
「さらし巻いておけって。でも、暑いから」
2話『渚のひと』16歳の千春と息子との仲に気をもむ女。
気づけば千春の鈍さや、細い目や、短い指や愛想の悪さなど、おおよそ魅力とはいえない部分を数えていた。この娘が圭一の気持ちを惹かない理由を精一杯心に溜めていく。
3話『隠れ家』父親殺しの血の繋がらない兄を慕う女。彼女の後釜でストリッパーになった千春は20歳。
ふと、彼女の本名を聞いていなかったことに気づいた。
「千春です」「いい名前じゃないの」
細い目が弧を描いた。杉原麗は二年を待たず人気が出るだろう。
4話『月見坂』母親と暮らす40過ぎの公務員と結婚。千春、22歳。
晴彦はその夜、初めて彼女を抱いた。
千春の体は、夜景の底に忍び込むような暗さをたたえていた。どんどん沈んでゆく男の体を、細い胴が受け止める。行き止まりに向かって体を進めると、豊かな胸が上下して思わず手を伸ばした。
5話『トリコロール』結婚前の妻の不貞を許さず暮らす理髪店の男。言い訳ができない妻。その息子と再婚した千春は赤ん坊を生む。
千春と名乗った女は決して清潔とは言いがたい風貌で、どこか愚鈍な気配が漂っていた。息子が右を向けと言ったら一日中右を向いていそうな女だ。二つ年上だというのに、姉さん女房のかいがいしさや頼りになる気配はまったくなく、膨らみ始めた腹を隠そうともしなかった。
6話『逃げてきました』千春、38歳。同人誌で詩をかく。
あのひとは わたしにはいってきたけれど
わたしは あのひとにはいることができなかった
ぬるいたいおんが いったりきたり ずっと
おわりがくるのを まっていた
7話『冬向日葵』最期を迎える咲子のため、男が千春(44)を探しに行く。
「ずっと死んだような目をして生きていけばいいじゃないの」
「なんだよ、千春ちゃんまでそんなこと言うのかよ」
「だって、そうすればいつか誰か助けてくれるもの」
8話『案山子』編集者をリタイアした男の前に現れた千春は、交通事故で片足を失くしていた。男は千春の半生を綴る。
「事故のときに顔に刺さった硝子や、車の細かい破片がときどきこんな風に皮膚から飛び出してくるんです。事故後すぐの手術ではぜんぶ取り切れなかったんですよ。いくらかでも元に戻ろうとしているのか、人間の体っておもしろいですね」
9話『やや子』千春の娘やや子は、それと知らず、千春の半生をかいた小説『星々たち』を手に取る。
やや子の胸の内側で、星はどれも等しく、それぞれの場所にある。いくつかは流れ、そしていくつかは消える。消えた星にも、輝き続けた日々がある。

 

夜空に輝く星。ここに届くまでの間にすでに消えてしまっている星もあるだろう。だけどかつては輝いていて、今その光が届いている。
人は星、みんな輝いていたいんだ。そして輝いていたときを心に留めておきたいんだ。千春も、彼女の周りの人も。そう思った。普通でいい。特別な光を放つことはなくともいい。そう思いながらも、わたし自身、小さくてもいいから輝いていたいと思う気持ちがあるのだと、しみじみと考えた。
cimg0208
濃く深いブルーに、何処か切なさを感じる表紙です。

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PROFILE

プロフィール
水月

随筆屋。

Webライター。

1962年東京生まれ。

2000年に山梨県北杜市に移住。

2012年から随筆をかき始める。

妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。



『地球の歩き方』北杜・山梨ブログ特派員

 

*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。

 

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