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はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々

『殺人鬼がもう一人』

久しぶりに歩いた本屋で、久しぶりに若竹七海を手に取った。

葉村晶シリーズファンで、夢中になって読んだっけ。

読み始めてすぐに、ワクワクが止まらなくなった。ああ、ミステリーを読むのってこんなに心愉しい時間だったっけ。

 

連作短編集の舞台は東京都の外れ、寂れた昭和の頃栄えたベッドタウン辛夷ヶ丘(こぶしがおか)、架空の町だ。主人公は、生活安全課の砂井三琴。大女呼ばわりされる長身の持ち主。

彼女が所属する辛夷ヶ丘警察署は、問題を起こして飛ばされてきた署員の吹きだまりの寄せ集めで、三琴も、まあ問題がないわけじゃない。相棒は、背の低い汗かきのおっちゃん田中盛、ギャンブルがやめられない男。

登場人物、全員悪人がキャッチフレーズだ。

 

放火殺人、空き巣被害多発、白昼強盗で始まる1話目は、「ゴブリンシャークの目」

強盗に襲われたのは、大地主の生き残りの老婆、箕作ハツエ。男は盗った金で競馬場にいたところを三琴と田中に取り押さえられた。

だが、男とハツエの言い分に大きな誤差がある。ハツエは60万盗られた、男は6万5千円しか盗っていないという。辛夷ヶ丘警察は、地主に弱い。なにかと味方につけておかなければならない。

「長沼史郎は箕作ハツエを路上で襲って怪我をさせたうえ、約六十万円を強奪した。その金全部を馬ですった。六万五千円の馬券というのは作り話であり、この世には存在しない」

係長は、三琴と田中に言い含めた。ふたりは喜んで従った。

警察官たるもの、上司の命令は絶対である。わたしと田中盛は長沼逮捕時に拾った額面六万五千円、最終レースのアタリ馬券をなかったことにするため、換金して得た百十七万円をふたりで分けた。

「丘の上の死神」

ゴーストタウンの市長選。裏で画策が行われるなか、まさかの殺人事件が。

 

「黒い袖」

妹の結婚式のために奔走する竹緒。警察一家同士の結婚だけに、大ごとだ。当日事件で欠席者が多数でるわ、妹は新婦控え室に立てこもるわ、不審な男からシャンパンが贈られるわで、しっちゃかめっちゃかだ。

 

「きれいごとじゃない」

細々と堅実にやって来た町の清掃業者。そこに、三琴が潜入捜査だと、新人をよそって同行する。顧客の情報漏洩、川縁に浮かんだ変死体、多発する詐欺事件。

 

「葬儀の裏で」

年老いた姉の死に駆けつけ、喪主にしろと言い張る孫。遺産目当てなのは明白だ。

「なんでババアってこうなのかな。がめつくて、握った金は離さない。俺はさ、自分が相続人だって聞いてすぐ、じゃんじゃん課金して日本経済に貢献したよ。なのに大叔母さんも、ばあちゃんもさ。ばあちゃん昔、俺のじいちゃんと一緒に大金を持ち逃げしたんだって?」

「殺人鬼がもう一人」

ラストの表題作は、殺人を請け負う女、つまり殺人鬼マリの語りだ。依頼を受けた家に行くと、すでに男は殺されていた。

どこの誰かは知らないが、見事な腕前だ。それに……。

二十年前、辛夷ヶ丘の住人を震撼させた連続殺人犯〈ハッピーデー・キラー〉を彷彿とさせる。

記憶の底に封印していた〈ハッピーデー・キラー〉にまつわる情報が、すさまじい勢いで浮かび上がってきた。わたしは歯を食いしばった。

「まさか、今頃になって真犯人が活動を再開したとでも?」

著者は、この作品を〈ダーク・コメディ・ミステリ〉だと位置づけ、「全員悪人」な登場人物たちを愛でるかのように、こう言っている。

「やなやろうどもなんで。みんな勝手で残酷、自分のことしか考えてない。『半径5mくらいの中がハッピーならそれでいいや』みたいな感じなんですけど、それが書いてる間はすごい楽しいですよね」

空恐ろしい。でも、超愉しい。そんなミステリーだった。

表紙絵を見るだけで若竹七海の作品だとわかる杉田比呂美のイラストは、もうトレードマークと言ってもいいですね。

左が、砂井三琴、右が相棒のおっちゃん田中盛です。

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PROFILE

プロフィール
水月

随筆屋。

Webライター。

1962年東京生まれ。

2000年に山梨県北杜市に移住。

2012年から随筆をかき始める。

妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。



『地球の歩き方』北杜・山梨ブログ特派員

 

*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。

 

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