以前から気になっていた『盤上の敵』を、ようやく開いた。
北村薫のなかでも”異色”といわれる本格ミステリだ。
北村薫作品はコージーミステリが多いイメージを持つが、だからといって”本格ミステリ”が、異色なのではない。
人間の〈悪意〉を底の底まで追求し、描ききった作品だからこそ”異色”といわれるのである。
本によって慰めを得たり、心を休めたいという方にはつらいものとなります。そういう方には、このお話は不向きです――とあらかじめ、断っておきたいのです。
北村薫は、前書きにこう記した。
あらためて、優しい、そして誠実な人なのだと再確認した。
これまで読んできた何冊ものミステリが、それを物語っていたが、再認識したという意味だ。
ミステリは、チェスに見立てて語られる。
〈黒のキング〉は、20代の殺人犯の石割(いしわり)。
猟に出かける途中の男から猟銃を奪い、持ち主を殺害した。逃げる途中で警察に見つかり、追われて入ったのが末永純一の家だった。
〈白のキング〉は、末永純一、30歳。
妻をなんとか助け出そうと、〈黒のキング〉との取引を進める。
〈白のクイーン〉は、末永の妻、友貴子、20歳。
過去に大きな悪意によって、癒えることのない傷を負わされた。たったひとりの家族だった母も亡くし、ようやく純一と結婚したところだった。
ストーリーは、純一と友貴子が交互に語っていく。
友貴子の語りは、過去の回想がほとんどで、やがて巻き込まれた事件へと続いていく。
純一は傷ついた妻を救おうと、犯人との取引に応じ、職場であるテレビ局を味方につけ、警察には秘密裏にことを進めていく。
”異色”といわれても、もし著者名が伏せられていたとしてもやはり北村薫作品だとわかる、優しさや人の根っこにある温もり、ユーモアのセンスなどが光るシーンも多々あった。
ふたりが出会った頃、しりとりしたときのことを純一が回想するシーンなどは、まさに北村薫テイストだった。
「歴史、好きでしたから、清盛のお父さんが忠盛でしょう。重盛、宗盛、知盛とか、大勢いますよね」
「金脈みたいなものだね」
「でも《り》を下につける分には、たいした労力はいらないんです。大変なのはそちらですよ。続けるのって共同作業でしょう」
「そう、実際、《立春》なんて、いいかけたもの」
友貴子は、唇をとがらせた。
「駄目です。《立秋》にして下さい」
抱きしめてやりたかった。
さて。
純一がとった行動は?
友貴子の癒えない傷の原因となった〈黒のクイーン〉の存在とは。
2002年に刊行された新刊の文庫新装版です。
先週上京した際、新宿駅西口で生スイカジュースを飲みながら、最初のページを開きました。ホーチミンを思い出す、濃く冷たいウォーターメロンジュースでした。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。
管理人が承認するまで画面には反映されません。