複数の〈私〉が語る〈彼〉村川融(とおる)は、多数の女性と関係を持つ大学教授だ。小説は、〈彼〉に関わる人をまったく違う視点から描いた6つの連作短編で構成されていた。
「結晶」
村川の研究室に勤める三崎は、彼の妻を訪ねる。
「村川の魅力は、ある種の女にはたまらないものです。どこを摑まれたのかは自分でももうわからない。けれど、彼によってふいにもたらされた痛みと驚きだけは、いつまでも新鮮に残る。外見や性格とはかかわりのない、そんな種類の魅力です」
「残骸」
逆玉に乗った飴屋は、義父の会社に勤め、休日はうさぎに餌を与える静かな暮らしをしていたが、妻が娘の同級生の父親である村川と浮気していることを知る。
「予言」
高校生の村川呼人(よひと)は、父親の浮気による家族崩壊で、自暴自棄になる。
父は、俺たちを捨ててすぐのくせに、どこにでもいるような女のところに転がりこんで、どこにでもいるような子どもたちと一緒に暮らしている。取り換え可能。バイクの部品よりも簡単に。ちょっと錆びついたら替えましょう。
「水葬」
渋谷は、村川綾子を監視している。ファザーコンプレックスだと噂される彼女の父親は、しかし母親の再婚相手だ。
母親が殺し屋を雇ったなどと、取り憑かれているのは村川綾子のほうだ。喪失した恋と、家族との相克に疲れ、彼女はバランスを失っている。
「冷血」
高校教諭の律は、村川の実の娘ほたると婚約している。ほたるから、義理の妹の死の真相を突きとめてほしいと頼まれるが。
「家路」
結婚した三崎は、妻とうまくいっていない。子供ができなかったことが原因のひとつだ。妻は突然、男子高校生奥村を毎晩夕食に招くようになる。
ひとりの男によって壊された家族と、ドミノ倒しのように強く影響され、倒れていった人たちのドラマだった。
一度も登場しない村川融が、多くの女を狂わせ傷つけた男が、そこここで薄ら笑いを浮かべているかのようなぞくりとする怖さを感じた。
解説は、金原瑞人。タイトルは、田村隆一の「腐刻画」から引用されていました。
この男 つまり私が語りはじめた彼は 若年にして父を殺した
その秋 母親は美しく発狂した
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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