『思い出トランプ』を読み、向田邦子にハマった。
2冊目は『隣の女』。1984年に文庫化している。81年に飛行機事故で亡くなった向田邦子の絶筆となった「春が来た」を含む5話収録の短編集だ。
「隣の女」
薄い壁の向こう、隣の部屋から聞こえてくる男と女の密事。子供が流れ、部屋で内職にミシンを掛けるサチ子。
ミシンは正直である。
機械の癖に、ミシンを掛ける女よりも率直に女の気持ちをしゃべってしまう。
いつものあの声が聞こえてくる頃合いだから、あんな声なんか聞きたくないから、いつもの倍も激しくガーと掛けなくてはいけないと思っているのに、ミシンはカタカタカタとお義理に音を立てている。
その日、隣の女、スナックのママである峰子は、昼に夜にふたりの男を部屋に招き入れた。昼はいつもくる男、夜は初めての男。夜の男は、峰子の耳もとで上野から谷川岳までの駅名をささやく。
小説は、峰子がガス自殺を図り、サチ子が窓ガラスを割って助けたところから、大きく動き出す。
紆余曲折あり、谷川岳の男とサチ子はベッドを共にする。そして、文句と愚痴ばかりの夫を置き去りにし、ニューヨークへと飛ぶのだった。
「右手はタイマツ。左手は独立宣言書だったかな」
「自由と独立……」
「女はそういうことば、好きだね」
「持ってないからよ、女は」
反転したように、峰子から見た隣の女、サチ子が浮かび上がる。
ほか、「幸福」「胡桃の部屋」「下駄」「春が来た」全5編収録。
どの物語にも、昭和の匂いがぷんぷんと漂った。
「胡桃の部屋」
まじめだけが取り柄の父親が職を追われ、愛人のもとへ走り戻らなくなった。長女の桃子は、27歳で母と弟妹を支える大黒柱となった。
「押すだけ」とかいう魔法びんがあるそうだが、都築がまさにそれであった。ちょっとしたねぎらいのひとことで、他愛なく熱いものが上にあがってくるのである。
「春が来た」
ちょっとイカした男子に夢中になった直子は、いいところの令嬢だと見栄を張ったが、実はぼろぼろの家に連れて行く羽目になった。
浴衣地のアッパッパの裾から、シュミーズがのぞいていた。父親の男物のソックスに突っかけサンダルという格好だった。
「下駄」
異母兄弟の弟が、突然名乗ってきた。浩一郎は、兄らしく受け止めなくてはという気持ちと、自分自身受け入れられない気持ちとで混乱する。
だが兄の混乱をよそに、弟は下駄の音を鳴らして浩一郎のテリトリーにずかずかと入り込んでくる。
駆けっこは早かったのか。
怪我をしたことはなかったのか。
運動会のとき、応援に来てくれたのは、誰だったのか。
聞かない方がいい。聞けば、一歩一歩ぬかるみに足を踏み込むことになる。判ってはいたが、並んで墓地の並木道を歩けば、聞かないではいられなかった。
昭和の空気がそう思わせるのか、わたしには、どの物語の夫婦にも家族にも、ホラーな感覚に似た背筋が凍る恐ろしさを感じずにはいられなかった。
ブックオフのポイントで購入しました。なんと初版。表紙絵、グリーンのセーターが昭和ですね。
280円で、文庫が買えたんですね~
神戸への帰省、飛行機で読みました。写真は、神戸空港「赤レンガ倉庫CAFE」で。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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