ミラノでは、地下鉄の1日券(4.5€)を買ってよく乗った。
地下鉄路線図はインフォーメーションで無料で配っていたし、ドゥオモ駅の近くにホテルをとっていたので、どこへ行くにも便利だった。途中から地下鉄の1日券がトラムにもバスにも使えることが判ったが、いかんせん路線図が手に入らない。どこの停留所で乗ったらどこへ行くのか、まったく判らないのである。
それでもトラムに乗りたいなあと思っていたミラノ2日目の夕方、夫が言った。
「どこまで行くか判らないけど、乗ってみようか。乗ってって、例えどこまで行ったって返ってくればいいんだからさ」
わたしは、驚いた。
「今、おんなじこと言おうと思ってたんだけど、言うのやめたんだよ」
「どうして?」と、夫。
「却下されるだけだと思ってさ。きみは、無駄だって言いそうだし」
「言わないよ、そんなこと」
30年も連れ添ってきたパートナーの意外な部分を発見した。後は野となれ山となれ的な行動はわたしの得意技で、彼はストップをかける方に回ることが多いのだ。しかし、たかがトラムだ。乗り放題の切符も持っている。
そうしてわたしたちは、どこへ行くとも知れないトラムに乗り込んだ。
「27番のトラムだよね。この終点、地図見てもぜんぜんわかんない」
「あ、今、チンクエジョルナーテって言った。チンクエって数字の5だ」
「地図、地図。あった!今ここにいる」
夫は地図と首っ引きで、現在位置を把握しようと懸命だ。
「フェルマータ(停まります)、ピアッツア・エミリア」
わたしは、アナウンスの真似をして彼のサポートをした。
「だんだん、郊外っぽい雰囲気になって来たなあ」
「フェルマータ、ヴィア、マルコ・ボート」
真似するのがけっこう楽しくなってきた頃、夫が言った。
「そろそろ、下りて帰る?」
「そうだね」
わたしもホッとして、言った。
そんなふうにして暮れかけた夕刻、ミラノ郊外の名も知らぬ停留所でトラムを下車。次にやってきた反対側の線路のトラムに乗り、すごすごと引き返した。
「へんなのー」
「へんなことしてる」
ふたりしてくすくす笑って言い合いながら、ふたたびアナウンスと地図を見比べつつ、ゆっくりと過ぎていく街を見送る。帰って来た時にはすっかり陽が落ち、ドゥオモのてっぺんのマドンニーナが優しく光りを放っていた。
カラフル!様々なデザインのトラムが、走っています。
アズーリ。イタリア語でブルー。空の色のことだそうです。
古風な雰囲気だけど、乗ってみたらなかは新しかった。
こちらは、クリスマスっぽい感じですね。
翌日、地下鉄に乗って行った『ナヴィリオ運河』
帰りはトラムに乗りました。「チェントロ行きだ」「よし、乗ろう!」
昔は流通や交通に、船が欠かせなかったそうです。
洗濯場だったという場所が、残されていました。瓦屋根でした。
川のいちばん広いところでは、トナカイがそりをひいたボートが人気でした。
親子連れやカップルが、楽しそうに歩いていました。
夕暮れのドゥオモ。マドンニーナが手を振っているかのよう。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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