最終日は、石垣港から竹富島へと船で渡った。
まずは、名物の水牛車観光。水牛が引く木造りの車に乗り、集落をまわる。
と思いきや、水牛車が遅れていて、15分ほど自由散策になる。
赤瓦の屋根が並ぶ町並みを、歩いた。オレンジ色の独特の瓦葺きの屋根には、口を開けたシーサーが乗っかっている。足もとの道は、白い砂。珊瑚が砂になったものを敷き詰めているらしい。水牛車は、何台もあるらしく、大きな水牛が車を引きゆっくりと通り過ぎていった。
そして、水牛車に。人を20人以上乗せた木造りの荷台を引っぱるのだから、かなりの馬力(水牛に馬力は変だが)がいるのだろうが、そんなそぶりも見せず、水牛はのんびり散歩でもしている感じで歩いてゆく。自分の仕事がよくわかっていて、カーブでは荷台が垣根などにぶつからないよう気をつけて歩いているのだそうだ。
赤瓦の屋根。乗っかっているシーサー。ブーゲンビリアの道。たわわに生っているバナナ。途中、ガイドの男性は、三線(さんしん)を弾き、沖縄民謡や島唄などを歌ってくれた。
そして、30分ほどの自由散策は、徒歩15分ほどの西桟橋へと向かった。水牛ガイドさんが、話していた。
「数年前に竹富島にもWi-Fiが来て、Netflixも観られるようになりました」
Wi-Fiのおかげで、Googleマップを頼りに迷うことなく到着。時間がなかったので、しばし眺めて集合場所へと戻ったのだったが、西桟橋からの眺めは美しかった。
帰りのバスでは、県外から移住したという運転手さんからこんな話を聞くこともできた。
「石垣や竹富島には、お風呂がないんですよ。最新のホテルやマンションは別にしても、古くからある家はみんなシャワーだけなんです」
たまにお風呂に浸かりたくなって、銭湯などに行くという。暖かな気候だけに、湯に浸かるという文化がないようだ。
また、ソーキ蕎麦がスタンダードなだけに、うどんを食べられる店がないとも言っていた。
移住のカルチャーショックは、住んでみて初めてわかるのだろう。
短い滞在時間だったが、実際に見たり、聞いたり、人と話したりしなければわからない竹富島を知ることができた。旅って、そういうものだよなと実感したのだった。

竹富島の家々の屋根には、シーサーが乗っかっていました。

みな口を開けています。口を開けているのは、魔物や災いを威嚇し火を吐いて悪霊を退ける役割があるのだそう。口を開けた屋根や家の外にいるシーサーは男の子。口を閉じた女の子のシーサーは家のなかにいるのだとか。

水牛さん、なんだか気持ちよさそうに歩いていました。

車には、20人以上乗っています。

この先が、もっとも交通量が多い交差点。水牛車と、自動車、自転車が譲り合って進んでいました。竹富島には信号はないそうです。

このあと、わたしも水牛車に乗りました。ブーゲンビリアの道。

ありがとう、水牛さん。手前は、男の子。お花をつけているのは女の子のハナコです。

自由散策は、30分ほど。あちらこちらにバナナの木を眺めつつ、西桟橋へと歩きました。

西桟橋。美しいエメラルドグリーンの海が、広がっていました。

気持ちいい~♩昔この桟橋から西表島まで、島民は稲作をしに通っていたそうです。今は夕日の絶景スポットとして、国の有形文化財に登録されているとか。行き帰り15分ずつ、滞在2分でした。

帰り道、見たことのない花に遭遇。葉っぱ(?)だけのものは、あちらこちらに生えていました。「錦蝶(きんちょう)」といって、花を咲かせているところはなかなか見られないそうです。別名は「デラゴネンシス」で、マダガスカル原産。常緑多年草の多肉植物だとか。

短い滞在でしたが、独特の雰囲気を味わうことができました。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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