雪の前日の空気は、独特だった。これぞまさに、季語「雪催(ゆきもよひ)」だと思った。
年末、初雪のときに一度調べた冬の天文の季語「雪催」を、ふたたびさらに深めてみたい。
雲が重く垂れ込め、今にも雪が降ってきそうな空模様のことをいう。
『俳句歳時記・冬』より。
ほかにも、「雪が降り出しそうな気配」「雪の直前ならではの冷え込みの厳しさ」「雪の前触れの静寂、あるいは緊張感」なども含まれる言葉であり、「催い」は、その物事の兆しが見えていることを表すそうだ。
たしかに、土曜に家の周りを歩いたときに感じた寒さには、張りつめたような厳しさを感じた。
湯帰りや燈ともしころの雪もよひ 永井荷風
夕刻、といっても冬の夕方はすでに暗く灯をともす頃である。湯上がりの身体には、思いのほか冷え込んで感じられただろう。
信号の赤ながながと雪催 小倉喜郎
灰色世界のなか、信号の赤だけが色を持っているようにイメージした。ありありと情景が浮かぶ。
手の中に小さき手のある雪催 辻美奈子
空は暗く曇っているが、小さな手と手をつないでいる温かさに、ホッとする句。つないだ手にスポットが当たり、まるで灯りがともっているかのように感じた。
ふりむかぬ人の背幅や雪もよひ 鷲谷七菜子
雪が近づく空の下、誰かを見送っている。背幅という言葉から男性を連想する。恋人か。もう振り向くことはない、かつての恋人だろうか。
妖村正二尺四寸雪催 稲島帚木
検索すると、いくつものサイトに載っていた取り合わせの句。「ようむらまさにしゃくよんすんゆきもよい」と読むそうだ。
室町時代の刀工、村正が作り、妖刀と呼ばれた刀。長さは二尺四寸、およそ73㎝。その刀と「雪催」を、すべて漢字で意図的に硬く取り合わせているおもしろさがある。
『歳時記』で季語を知り、その季語を体感して深く知る。そんな俳句の楽しみ方を、過ぎゆく季節のひとつひとつが教えてくれている。

雪の前日の土曜日に、家の東側、玄関横から北側を眺めて。八ヶ岳は、雪雲に隠れていました。

西側の森。冬木立のあいだから見える南アルプス連峰も、雪雲のなか。

振り返って、家を眺めて。

南側を向いて。

北側を眺めて。

家の南側の道路に出て、また森を眺めました。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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