原田ひ香の連作短編集『喫茶おじさん』は、図書館で借りた本だが、今書店では文庫化されて並んでいる。
主人公、松尾純一郎は、会社を早期退職した57歳。再就職先は見つからず、妻、亜希子は、一人娘の女子大生、亜里砂と暮らすと出ていったきり帰ってこない。無職の独り暮らしだ。
12話の物語は、「一月 正午の東銀座」「二月 午後二時の新橋」といった感じで1年12ヶ月、純一郎の純喫茶巡りを軸に、彼の視点で進んでいく。
珈琲や喫茶店で出される食べ物の描写が、まず魅力的な小説だ。以下は、クロックムッシュの描写。
――うまいなあ。
かりかりに焼かれた耳がおいしい。これは耳がついていて正解だ。それに香ばしいチーズ、挟まった薄いハムのマリアージュがすばらしい。ハムと一緒にホワイトソースが塗ってあるのがそれを生み出しているのだろう。つい、母の味だと思ったりしてしまったが、やっぱり違う。プロの仕事だ。
コーヒーの描写。
最初の湯が落ちて、豆の真ん中のあたりがくぼんでくると、彼は今度はペーパーフィルター全体に回るほど湯をたっぷりと注ぎ込んだ。一度、湯を吸ってふくらんだ豆がゆったりとお湯に浸かって、気持ちよさそうに見える。
妻とのこと、娘のこと、なかなか決まらない再就職や、開業して潰した珈琲屋、20年以上前に離婚した元妻、田舎へ越した親友などなど。読み進めると、純一郎のこれまでや人となりが明かされていき、推理小説仕立てのような味わいがある。
「お父さんって、本当に何もわかってない」
純一郎は、娘の亜里砂に、元妻に、親友に、「喫茶店開業教室」の同級生のさくらに、別居中の妻にさえ、口を揃えたように言われるのだった。
「あなたって、本当に何もわかってない」
純一郎は耳にするたび、自分がいったい何がわかっていないのか、さっぱりわからなかったのだが、やがて……。
登場する喫茶店のいくつかは、たぶん実在するお店がモデルになっているのだろう。珈琲好き、喫茶店好きな方は、「喫茶おじさん」巡りを楽しむのもいいかもしれない。

表紙絵は、57歳のおじさんをさわやかに描いています。善人というか、欲がないというか、草食系とも違った人物、松尾純一郎。
栞は、京都の恵文社でオマケでいただいたものを使いました。
こんばんは。
今日はこちらもよく晴れてさくらもだいぶ咲いてきました。
まあ偶然!
私も原田ひ香さんの作品を読んでいます。
読んでではなく正確には聞いています。
アマゾンのオーディオブックで聴いています。
『月収』という作品でなかなか面白く考えさせられます。
この作品も聴いてみようと思います。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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