東京では、施設で暮らしている母に会いに行った。母は変わらず元気でいてくれて、ありがたい。
いつも通っていく「見次公園」の池では、亀が甲羅干しをしていた。
「亀鳴く」は、三春の動物の季語。
春になると亀の雄が雌を慕って鳴くというが、実際には亀が鳴くことはなく、情緒的な季語。藤原為家の題詠歌「川越のみちのながぢの夕闇に何ぞと聞けば亀ぞなくなる」(『夫木和歌抄』)によるといわれ、古くから季語として定着している。
『俳句歳時記・春』より。
亀鳴くや身体のなかのくらがりに 桂信子
情緒的な季語といわれるだけあり、取り合わせの句が多いような印象を受けた。なかでも心の奥底の闇を想像するかのようなこの句に惹かれた。
亀鳴くを聞きたくて長生きをせり 桂信子
同じ俳人だが、こちらは明るく一物で詠んでいる。
つぶやきを亀に移して鳴かせけり 鈴木真砂女
言いあぐねていることがあるのだろう。たぶん誰にでもある。亀がその思いを受けとり鳴いてくれたら、心も軽くなるだろうか。
飯どきや亀の鳴かうと鳴くまいと 飯島晴子
季語に向かい、堂々と啖呵を切っている。爽快な句だ。
亀鳴くや月暈(げつうん)を着て沼の上 村上鬼城
月暈は、月の周りにできる輪状の光のハレーションのことで、月夜に照らされた沼の上に佇む亀の姿が美しく詠まれている。幻想的な世界だ。
ネットでは、空想的でユーモラスな季語。春の夕暮れに聞こえる正体不明の音を亀の声と見立てた、風情のある季語ともかかれていた。
鳴くことはない亀を、古くから俳人たちは、心のなか、風景のなかで、鳴かせてきたのだろう。

見次公園。子供の頃、自転車でよく遊びにいった公園です。

池が全体の半分以上を占めています。釣り人もいて、ボートにも乗れます。

みな同じ方を向く甲羅干しをしている亀。何を見ているのかな?

足を上げている子もいました。乾かすの、大事なんだね。

行きは曇っていたけれど、だんだん晴れて帰りには太陽がまぶしかった。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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