4月5日、二十四節気の清明(せいめい)を迎えた。2026年の今年は、19日までが清明にあたるそうだ。
「清明」は、晩春の時候の季語。
清浄明潔を略したものといわれ、万物が溌剌としている意から、清明という。
『俳句歳時記・春』より。
清明の雨に光れる瑠璃瓦 古賀まり子
乾いた冬が去り、少しずつ雨が降って春の光がそれを眩しく輝かせている。季語「清明」により、風景が際立つ句だと思った。
校門へ清明の日の坂長し 皆川白陀
清明は4月の初め、入学式や始業式の季節でもある。校門までの坂も久しぶりで遠く感じたのかもしれない。
清明や草に投げ出す旅鞄 三木基史
春、季語「水温む」の季節、旅に出たくなる季節、草の上に旅行鞄を投げ出して、手足も投げ出したくなるような季節である。
清明の水菜歯ごたへよかりけり 鈴木真砂女
ちょうど、新鮮そうな水菜を買ったところだった。まさに、歯ごたえが肝心の野菜だ。
清明や雲の生まるる音のして 明隅礼子
読んで、あ、素敵、と思った句。「雲の生まるる音」はきっと、高く美しく耳に届くか届かないかの音なのだろうと想像した。
「万物が溌剌と」している季節の季語「清明」の句は、明るく美しいものが多い。

ちょうど清明に入った5日、義母の一周忌で神戸へと飛びました。これは、帰りの写真ですが、北アルプスが美しかった。

先週、虹が架かったとき、リビングの窓から撮った写真。
「虹始見(にじはじめてあらわる)」は、七十二候の第15候で4月14日〜19日頃ですが。

八ヶ岳は雲のなか。でも、雨で濡れた木々や土が潤っていて気持ちがよさそうでした。こうして、だんだん春になっていくんですね。

それでもまだ、山々は雪を冠しています。

雪を冠していますが、次第に季語「山笑ふ」の顔つきになってきました。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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