奥田英朗のホームコメディ三部作ラストは、ヒミツときた。帯には、「秘密」に「ドラマ」とルビが振ってある。
『家日和』、『我が家の問題』のどちらも、くすりと笑ってほろりと泣けて、ところどころの一文にハッとさせられる傑作だった。
こちらも、家庭という密室のドラマが6話が温かく収められている。
「虫歯とピアニスト」
歯科医院で受け付け事務をする敦美(31歳)。ある日、ずっと好きだったピアニストの大西が、親知らずの痛みを訴えやってきた。何度か受診を重ねた大西に、つい子供ができない悩みを打ち明けてしまう。
人間なんて呼吸してるだけで奇跡、か。まったくその通りだ。それ以上のことは、みんなオマケみたいなものじゃないか。
「正雄の秋」
同期の河島との昇進レースに敗れた正雄(53歳)は、どうやら子会社出向になるようだ。
何かと言うと派閥を作り、部下に対して兄貴風を吹かせ、上役には自己アピールに余念がない。そんな河島は正雄と正反対の性格と言えた。とりわけ芝居がかった熱血ぶりが、あまりに見え透いていて、好きになれなかった。
「アンナの十二月」
16歳になり、アンナは、血のつながった父親に初めて会いに行くことにした。
「これ絶対に億ション」若葉が建物を見上げ、ため息交じりに言った。
「ねえアンナ、どうする? パパはお金持ちだよ。ここの子になったら?」
「手紙に乗せて」
社会人2年目の亨は、53歳の母が急逝し、アパートを引き払って実家に帰ってきた。大学生の妹と56歳会社員の父との3人暮らしが始まったが、父はどうやらひとりで泣いているらしい。
「妊婦と隣人」
32歳会社員の葉子は、産休中。最近、隣に越してきた夫婦の動向が気になってしょうがない。ふたりは、夜中にしか外に出ないのだ。
「君の場合、毎日家にいることが初めてだから、やることがなくて、それで妙な妄想にとりつかれてるんじゃないの」
「妄想ですって?」
「妻と選挙」
『家日和』でロハスに、『我が家の問題』でマラソンにハマった妻、里美が、今度は市議会議員選挙に立候補することになった。50歳になったN木賞作家の康夫は、静観していたのだが。
家族というものは、ひとりひとり立場も考え方も違っていて、だからこそ成立するものなのだとあらためて思わせてくれる小説集だと思った。
ちなみに10年前に読んだというのに、細部まで覚えていた短編が3冊のうち1編だけあった。
「手紙に乗せて」は、まだ年老いていない家族を亡くした経験がある人と、経験がない人の温度差が核に置かれた、佳作だ。
考えてみれば、10年前には年上だった50代の夫婦も、いまやすっかり年下となった。
再読すると、そんなタイムラグが思いもよらず顔を出し、それがまたおもしろいのである。
この小さな窓のなかにあるそれぞれの家庭の「秘密(ドラマ)」。こうして俯瞰すると、切なくもなりますね。
”三部作”って収まりは良いのだけれど、4冊目、あっても良いのだよ、奥田さん。もっと読みたいなあ。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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