句会の仲間と、上野の東京藝術大学大学美術館に「相国寺展―金閣・銀閣 鳳凰がみつめた美の歴史」を、観に出かけた。
精神的支えとして禅の修行に励んでいた将軍、足利 義満の「吾れ、新たに小寺を建てんと欲す」のひと言から、相国寺の歴史は始まったという。夢窓派の祖、夢窓疎石とその弟子により開山されたお寺だそうだ。
そこには、時代を通じて数々の芸術家を育ててきた歴史があり、それらの美術品、相国寺コレクションを公開した展覧会だった。
室町幕府の御用絵師だった如拙(じょせつ)と周文(しゅうぶん)、そして彼らを師と仰いだ室町水墨画の巨匠、雪舟(せっしゅう)。江戸時代の狩野探幽(たんゆう)、奇想の画家と謳われる伊藤若冲(じゃくちゅう)、写生画の円山応挙(おうきょ)などなど。
日本画にも歴史にも疎いわたしは若冲しか知らなかったが、自分が美しいと思うもの、興味が湧くものをただただじっくりと眺めて歩いた。
もっとも心惹かれたのは、若冲が30代に描いたといわれる『牡丹・百合図』で、牡丹の花と百合の花の絵なのだが、その美しさにその場から動けなくなった。
ただ花盛りの満開の花が描かれている、というのとは違う。咲きほこっている牡丹の傍らには、花びらを落とした牡丹があり、葉には虫食いがあり、虫の姿も描かれている。
美しい部分を切りとるのではなく、すべてをそのまま受け入れ、咲く姿も枯れてゆく姿もみな美であると心に留め描いているのだと思った。
どうしても、美しい部分だけを切りとってしまいがちな自分を垣間見たような気がした。
最後の部屋に、「令和の詩画軸」と題し、相国寺管長有馬賴底師による賛(詩)、東京藝術大学学長日比野克彦の画による詩軸画の合作が展示されていた。
相国寺の歴史は、現代の今も続いていく。
そんなところにも感銘を受けた美術鑑賞だった。

「相国寺展」パンフです。開催は、明日25日まで。

未来へ託すという言葉に、美術品の奥深さを感じました。

相国寺文化圏=相国寺の禅文化、金閣寺、銀閣寺の室町将軍家の文化を指す。ということも、金閣寺=鹿苑寺、銀閣寺=慈照寺だということすら知らなかったけれど、楽しめました。

伊藤若冲の『竹虎図』。虎の毛並みの繊細さと、ユーモラスにデフォルメされた目玉、竹の力強いタッチなど、じっくりと鑑賞。

人と牛とを描いた『十牛図巻』(周文)は、10枚の連続した絵。迷いつつ真実を見つめ、ありのままを受け入れ、悟りを開き、留まることをせず続いていく、そんなことが描かれていたのかな。心のどこかに引っかかりましたが、理解するまでには及びませんでした。

精養軒で、デミグラオムライスランチ。

広場で、大陶器市が開催されていて、ひやかしました。楽しかった。
かなり前にここの陶器市で買ったおろし器を、今も重宝して使っています。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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