句会で勧められて購入した『語りたい龍太 伝えたい龍太――20人の証言』を、少しずつ読んでいる。
俳人、飯田龍太について、20人の龍太ゆかりの人物がインタビューを受けている。聞き手は、中国出身の俳人、菫振華(とうしんか)。
語り手は、黒田杏子、井口時男、宇多喜代子、坂口昌弘、太田かほり、宮坂静生、高柳克弘、若井新一、筑紫磐井、星野高士、横澤放川、橋本榮治、廣瀬悦哉、清水青風、保坂敏子、瀧澤和治、舘野豊、井上康明、飯田秀實、長谷川櫂。(敬称略)
現在ほぼ半分、ランダムに太字の方のインタビューを読み終えた。
そのなかで、龍太〈一月の川一月の谷の中〉について、長谷川櫂氏が語ったことを簡単にまとめ、記しておきたい。
①単純明快さ
わかりやすい言葉で、漢字は「一」「月」「川」「谷」「中」と画数が少なく、一筋の川が流れているさまをイメージできる。
②幽玄な世界とつながる
真っ暗闇の中を滝がごうごうと落ちている。そんなイメージをも抱かせるこの句は、宇宙の静けさ、無の世界ともつながる果てなき奥深さを持つ。
③普通の世界がある
龍太がこの句を詠んだであろう山廬の裏山に流れる狐川はささやかな小川で、そこには普通の世界が広がっている。
「こんな小さな川だったのか」ではなく、むしろ「こんな小さな川から、こんな丈の高い句が生まれたのか」と驚くべきではないか。
龍太自身も「俳句は日本語の軒先を借りている」と言い、俳句と同じ重みで、普通に日本人が話す日本語をリスペクトしていたという。
「何よりもまず普通の世界がある」、これが龍太の文学の原点なのではないか。
ひとつの俳句から、こんなに深いところまで読みとれるのかと、感じ入った。
20人の証言には、それぞれの「龍太20句選」があり、龍太の句を思う存分味わえる仕様になっている。

東山魁夷の絵のようだと思った表紙は、甲斐の山々の写真でした。
句会の井上康明先生も、語り手のひとり。そして、監修で本作りに携わっていらっしゃいます。
「文章は俳句を作ることに邪魔になるから、やらない方がいい」という人もいますが、「いやそうじゃないよ」ということは龍太がよく言っていました。
龍太は、日本語も、そして暮らしのなかの小さなことごとも、ひとつひとつに興味を持ち、大切にしていたんですね。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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