たびたび能登半島の旅の話になるが、山梨から富山へ向かう途中、北アルプス双六岳(すごろくだけ)を源流とする双六溪谷を見に、ほんの少し寄り道をした。
川沿いをちょっと走って、またもとの道へと引き返したのだが、エメラルドグリーンに澄んだ川を見ることができた。
「冬の川」は、冬の地理の季語。
流れ来るもの一つなき冬の川 五十嵐播水
双六渓谷で見た川は、この句のような何も寄せつけないような美しさがあった。
冬河に新聞全紙浸り浮く 山口誓子
先の句とは真逆の雰囲気を持つ。ありありと光景が浮かび、寒々しさ、そしてそこにある現実が見える気がした。
冬川やのぼり初めたる夕芥 杉田久女
「芥(あくた)」は、塵(ちり)のこと。夕暮れの冬の川の淋しさが「のぼり初めたる夕芥」に見えてくるよう。
本流に入りて安らぐ冬の川 福川悠子
本流に流れ着くまでの川は、ひとりで心細いのだろうか。冬の水量の減った川に、そんな想像をした。
冬の川には、美しさ、寒々しさ、儚さ、淋しさ、心細さなどが流れているのだろう。

471号線を走り、この鉄橋の手前のカフェでランチしました。そして、この橋を右に曲がって。

白山神社の前に車を停めました。

ほとんど散っていましたが、紅葉(もみじ)が真っ赤でした。

「紅葉(もみじ)散る」は、冬の季語なんですね。
山を出て山に入る川散紅葉 山口昭利

双六渓谷です。

一句詠みたいな~と、夫が写真を撮るあいだただただ川を見つめていました。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。
管理人が承認するまで画面には反映されません。