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はりねずみが眠るとき

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旅で出会った俳句~山頭火

京都を旅して、2週間が経った。すでに、なつかしい。

写真を見返していたら、そうだ、いくつかの俳句に出会ったのだったと思い起こした。

 

「ホホホ座」からふらふら歩いた「南禅寺」の境内にあった句碑は、伊万里市の臨済宗南禅寺派「円通寺」森永湛堂老師(俳号・杉洞)のもので、巨大な三門を詠んだのではないかといわれている。

この門を入れば涼風おのづから  杉洞

「大山崎美術館」までの道には、夏目漱石の句碑があった。

宝寺の隣に住んで桜哉  漱石

特に印象に残っているのは、「福田美術館」の”山頭火シリーズ”。池田 遙邨(いけだ ようそん)が、山頭火の句にイメージを得て描いた日本画が展示されていた。

やっぱり一人はさみしい枯草  山頭火

五七五にとらわれない自由律俳句を数多く詠んだ、種田山頭火。旅と俳句と酒に生きたともいわれ、放浪の旅で詠んだ句も多いという。

この句には、「やっぱり一人はよろしい枯れ草」という鏡のような句が存在すると、ネット上で知った。

ひとりはいい。でもやっぱり、ひとりはさみしい。

誰しもが、そう感じたことがあるのではないか。

そんな山頭火の代表句といわれるのは、この句だそうだ。

分け入っても分け入っても青い山  山頭火

ひとり放浪の果てに山道を歩き、青々とした深い緑に目を奪われた瞬間、どこまでも、いつまでも続く出口のない自分の人生を重ねて詠んだのではと読み解かれている。

この句もまた、胸に迫る。

まっすぐな道でさみしい  山頭火

「南禅寺」の境内にあった句碑。この門を入れば涼風おのづから  杉洞

南禅寺の三門。石川五右衛門が「絶景かな、絶景かな」と感激したと伝えられている名所です。残念ながら、夕刻5時をまわり南禅寺はすでに閉まっていました。

南禅寺境内にある琵琶湖疏水(滋賀県大津市から京都市へ琵琶湖の水を引いた約20kmの人工運河)の水路橋も、眺めてきました。煉瓦造りなんですね。明治時代に造られたそうです。

「大山崎美術館」へ上る道の途中。宝寺の隣に住んで桜哉  漱石

大正4年、漱石は大山崎山荘の主に招かれた際、その頃山荘にあった枝ぶりのいい桜を愛で、またすぐ隣の宝積寺を訪ねたのだとか。じつに楽しい訪問だったと、後日、この句を添えてお礼状を出したそうです。

池田 遙邨〈山頭火シリーズ やっぱり一人はさみしい枯草〉。

どちらも、池田遙邨の作品。右は〈山頭火シリーズ 春の海のどこからともなく漕いでくる〉。

左は〈嵐山薫風〉。遙邨は、桜と紅葉だけが嵐山の美ではないと考え、初夏の嵐山を描いたそうです。嵐山愛に満ちた作品だとありました。

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PROFILE

プロフィール
水月

随筆屋。

Webライター。

1962年東京生まれ。

2000年に山梨県北杜市に移住。

2012年から随筆をかき始める。

妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。



『地球の歩き方』北杜・山梨ブログ特派員

 

*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。

 

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