『俳句歳時記・冬』の時候の季語は、「冬終わる」「節分」で終わっている。
そのまえに「春待つ」(傍題「待春(たいしゅん)」)、「春近し」(傍題「春隣」「春遠からじ」)がある。
春という一文字が入っていて、しかし冬の季語だ。
「春待つ」近づく春を心待ちにすること。暗く鬱陶しい冬を耐えてきた雪国の人々の、春を待つ想いは切実である。
「春近し」春がそこまで来ていること。
『俳句歳時記・冬』より。
時ものを解決するや春を待つ 虚子
春を待つ思いを、時間という大きな軸で捉えた句。
口あけて春を待つらん犬はりこ 一茶
張り子の犬に、春を待つ気持ちを見出した。一茶のユーモアが光る。
少年を枝にとまらせ春待つ木 西東三鬼
木登りの男子か。木が登らせているかのような表現に、温かな気持ちになる。木々も春を待っているのだろう。
ネットの「きごさい歳時記」に「春近し」は、こう解説されていた。
寒さも峠を越して、春が訪れようとする感じをいう。「春待つ」には心持ちが入るが、春近しはその季節の感じを詠む場合が多い。
その違いを見分けようといろいろな句を見てみたが、難しい。
春近し時計の下に眠るかな 細見綾子
ベッドに入ってから、あるいは夜中目が覚めたとき、時計の音がやけに耳につくことがある。その音が、いつもより丸く聞こえたのだろうかと、鑑賞した。
釘箱に小部屋いくつも春隣 平井さち子
「小部屋いくつも」と「春隣」が響き合っているように感じる。すぐそこまで、隣の部屋まで春が来ているかのよう。
銀鼠色の夜空も春隣り 龍太
銀鼠色(ぎんねずみいろ)は、銀色を帯びた上品な明るい灰色で、わずかに青みがかったトーンが特徴の日本の伝統色だそうだ。夜空のその色に、春がそこまで来ているのだと龍太は感じていたのだろうか。
来週には、月が変わり「節分」を迎える。

リビングの窓から見た八ヶ岳。

庭の沙羅の木と空。

辛夷の枝。

花水木の枝は、上を向いて。

山桜。

栗の木と南アルプス連峰。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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