久しぶりに読んだ、茨木のり子代表作「自分の感受性くらい」を引用しよう。
自分の感受性くらい
ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにするな
みずから水やりをおこたっておいて
気難しくなってきたのを 友人のせいにするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを 近親のせいにするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを 暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を 時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい 自分で守れ
ばかものよ
強い言葉で、ともすれば人を傷つけるとも思われるような言葉で綴られたこの詩は、しかし、誰に対しても刃(やいば)を向けてはいない。
茨木のり子は、自分に向けて言い放っているのだと、読み手は悟らずにいられないのである。
茨木のり子が何歳の時にかいた詩なのか知らないが、還暦を過ぎ、以前読んだときとは違う感情がこぼれていくのがわかる。10年後に読んだらまた、違うなにかが見えてくるかもしれない。

落ちこぼれにこそ魅力も風合いも薫る
とかくネガティブなイメージを放ちがちな「落ちこぼれ」という言葉を、プラスに転換した表題作。
落ちこぼれ 結果ではなく
落ちこぼれ 華々しい意思であれ
このラストに、救われたような気がしました。この詩もまた、落ちこぼれという言葉を自分に向けています。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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