79歳の母から3人の子どもたちのもとへ電話が行く。父を殺した、と。
そんな衝撃的シーンから始まる8編から成る井上荒野の連作短編集は、とても哀しくもあるのだが、しかしそこはかとなく可笑しい。コミカルである。いっそドタバタ劇といってもいい。
コミカルに、夫殺しの母とその家族を描けるなんて、まったく驚かされる。
酔いつぶれて寝ている父親の顔の上に、水で濡らしたタオルをかぶせて、その上に枕を置き、自分の全体重で押さえたのだという。そのやり方は、テレビドラマで観たのだそうだ。まあちょっとばたばたしたけど、すぐだったわねえ。まさか本当に死ぬとは思わなかったんだけど、死ぬものなのねえ。びっくりしたわと母親は、まったくびっくりしていない様子で言った。
母は語らない。
なぜ、父を殺したのかを。
そこだ! と膝を打つ。井上荒野のおもしろさは、そこにある。
浮気性の夫--それも、百々子の店のカウンターで愛人と楽し気に杯を酌み交わす男だ--を殺す理由なんて、山ほどあるはず。しかし、どれをとってもこれと断定できるものじゃないのだ。
百々子(母)、時子(長女)、文子(次女)、創太(長男)、拓人(父)の5人家族で、百々子と時子は家の1階で居酒屋「ひらく」を営んでいる。
時子は、思う。
店の中が静かになると、「パパはどこに行ったのかしらね」と母親が呟き、その言葉は霧のように店内に広がった。家族にはなじみ深い霧だった。問題を曖昧にし先送りし、その一方で家族を奇妙に団結させる効果があったが、何もかもこの霧のせいのように思えることがあった。
8つの連作短編は、時代を行き来しながら、この家族のこれまでを炙り出していく。炙り出すことで、百々子の「なぜ」を読者にゆだねている。
「すとんと腑に落ちる」のとはまるで違う、知らぬ間にじんわりと腑に落ちてしまっているという魔法!
井上荒野は、すごい。
赤は、母親のイメージなのでしょうか。Amazonで買ったら帯がついていなくて悲しかった。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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