ルポルタージュ『暗い夜、星を数えて』は、副題に「3・11被災鉄道からの脱出」とある。
作家、彩瀬まるがひとり旅の途中、東日本大震災に遭遇し、地もとの人たちに助けられ、支え合った5日間の記録が第一章に、その後いわきと福島を訪れたときのことが、第二章、第三章に置かれている。
第一章「川と星」は、著者は、仙台駅から福島のいわきへと向かう常磐線に乗っていた。二泊三日の東北旅行で、その日、いわきの友人のもとへ行くはずだった。
しかし、突然の大きな揺れで列車は停まった。
がくん、とまるで後頭部を殴られたような衝撃が全身を貫いた。地面の底から、低いうなり声にも似た重低音が湧き上がってくる。弾む床に足のうらが突き上げられ、横転するかと思うほど激しく車体が傾ぐ。まずい、と腹の底がつめたくなった。大きい。しかも、いつまでたってもおさまらない。それは、私が体験したどんな地震とも違っていた。
著者は、隣りに乗り合わせていた女性と列車を下り、彼女の家がある相馬へと歩くことにした。だがそのとき津波は迫っていた。
背を追う波はみるみる近づいてきた。緑がかった黒い水が音もなくせり上がってくる。あちこちの建物から人が飛び出してきて、同じ坂を上り始めた。どこまで逃げればいいの、と悲鳴とともに顔を歪める人、連れ合いへ怒鳴りつける人、先生に先導される小学生達。はやく、はやく、と坂の上に立つ人が大きく腕を回す。はやく、いそいで!
避難所で同じ部屋になった家族に声をかけられ、南相馬の自宅に寄せてもらう。そして翌12日、原発事故の深刻さを知るのだった。
第二章「すぐそこにある彼方の町」は、震災3カ月後の6月。いわき市の友人のもとへ旅し、ボランティアで瓦礫の撤去作業をしたときのこと、感じたことが記されている。
崩れた家々の立ち並ぶ光景に呆然としたが、地もと男性の言葉にハッとする。
私がショックを受けている光景は、すごくたくさんの方が三ヶ月かけて片付けをした後のものなのだ。少なくとも今、車は通れる。道を覆っていたがれきはゴミ置き場に集積され、遺体だってない。
瓦礫の撤去もなかなか進まず、避難所で暮らす人、仕事が見つからない人も多く、放射能に不安をつのらせ、風評被害に悩み、それでもまだ毎日のように、余震で揺れる。
その町は、東京駅からバスに乗ってたったの3時間なのだ。著者は、まったく異なる意識を持つ人々が暮らす2つの町の近さに、さみしさを覚えた。
第三章「再会」は、震災8か月後の11月。震災時、ともに津波から逃げた女性や、自宅に避難させてくれた人たちと再会するため、福島をふたたび訪れた。
原発事故による差別に傷つけられる福島の人たちを目の当たりにし、著者は、憤る。
全員が理性的に振る舞い、被災者と苦痛や不安を共有できるほど、きっと私たちの社会は成熟していないのだ。妄想がふくらみ、不信が起こり、その鬱憤がこうして、ただでさえ日々辛い思いをしている人へ向けられる。
あれから10年が経ち、しかし、社会はまだまだ、というかちっとも成熟していないと思い知らされるようなニュースばかりが目立つ。
自分を深く見つめ直すためにも、読むことができてよかったと思えるルポルタージュだった。
東日本大震災で亡くなった方々のご冥福をお祈りいたします。
表紙の写真は、彩瀬まるが乗車していた列車だそうです。
『やがて海へと届く』の帯裏に、出版社の違うこの本の紹介がありました。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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