酒井駒子の表紙絵で手にとった角田光代の短編集は、「どんなに好きでも、もう二度と会えない人」というテーマだった。
転校生だった経験がないという理由でフラれた〈あたし〉は、「転校生の会」という会合に通い始めた。「転校生の会」
仲良くなった友達の恋人と、つきあわずにはいられない〈あたし〉は、呑気にバーベキューの予定を連絡してくるモトコの彼コーイチと部屋にいた。どうしてこうなってしまうのか。大好きな友達の好きなものを、ただ好きになりたいだけなのに。「バーベキュー日和(夏でもなく、秋でもなく)」
好きなんて気持ちがなければいい。だれかががれかを好きになるという気持ちなんてなければ、あたしたちは恋だの愛だの友情だの、そんなものを何ひとつ知らないこどもみたいに、いつまでもひっついてじゃれあって暮らしていけるのに。
〈あたし〉は、大好きな友達と内緒で横恋慕している恋人に囲まれ、涙が止まらなくなる。
〈ぼく〉は、性交よりも断然キスが好きだ。「完璧なキス」
キスというのはじつに微妙なバランスの上に成り立っている。雰囲気、体調、双方の精神状態、空気、におい、すべての条件がそろうことが必須で、どれかひとつでもマイナス要素を含んでいたら完璧なキスはできない。
〈ぼく〉は、雰囲気も精神状態もにおいも最悪だった「完璧なキス」を思い出す。
どちらかが部屋にこもっているときには、どんな場合でも邪魔しない。愛しあっていた頃に決めたそのルールにふたりはいつしか縛られている。「海と凧」
7歳の姪、チカと一緒に〈あたし〉は、もう別れようとうっすら思っている恋人とデートを重ねるうち、幼い頃、月に一度父に連れられて女の人と会っていたことを思い出す。そのときにはわからなかったけれど、あれは父の恋人だったのだと。「だれかのいとしいひと」
もう二度と会えない好きだった人を思い出しなから、秋の夜長にゆっくりとページをめくってみませんか。
工場地帯のような薄暗い街を歩く黒い服を着た女性の表紙絵。見るほどに惹きこまれていきます。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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