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はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々

『ニセモノの妻』

デビュー作『となり町戦争』で直木賞候補となった三島亜記の中編4編を収めた小説集。

どれも夫婦を描いたファンタジーだ。

 

「終の筈の住処」

新婚のふたりが越してきた新築の分譲マンション。ジョギングに出た夫は、夕闇のなかマンションを見上げ呆然とする。

マンションは真っ暗だったのだ。いや、一カ所だけ、光の灯る窓があった。八階の中央付近の窓……。私と妻の住む部屋のようだ。他の窓には、一つの明かりも灯っていなかった。

ほとんどが売れているはずのマンションで、しかしふたりは、誰とも出会わない日々が続く。生活音すら聞こえない。

ある日、周辺住民のあいだでマンション建設反対運動が起こっていることを知る。そんななか〈私〉は、エントランスで遊ぶ少女とようやく出会うが、ここに住んでいるというと「うそつき!」と叫び立ち去ってしまった。

 

「ニセモノの妻」

数年前から、一種の感染症だと考えられる現象が起こっていた。

ある日突然、一人の人間とまったく同じ「ニセモノ」が出現してしまう。分離しただとか、コピーされただとかいう形ではなく、忽然と「ニセモノ」が現れるのだ。

ニセモノを見分けることは、非常に困難だとされる。

そんなある日、〈僕〉の妻が言った。

「……もしかして、私、ニセモノなんじゃない?」

ふたりは、ホンモノの妻を探すうちに、ニセモノを処分する場所があることを知る。

 

「坂」

坂ブームに火がついた世の中。

今では坂とは、単なる地形を表す地理用語ではなくなった。それは「趣味」であり、「学問」であり、時には「人生」すらをも象徴する存在となっていた。

無関心派。未開地開拓派(上へ上へと開拓する精神を持つ)。厭世派(奈落の底に落ちるカタルシス願望を持つ)。

坂愛好家である坂の途中の家で暮らす夫婦のあいだにも、温度差が生じていく。

「あなたとは、傾きが違うみたいね……」

昨夜、寝る前に、彼女はそう呟いた。それは坂愛好家が、坂趣味を理解できない「一般人」に向ける蔑みの言葉だった。

「断層」

夫さん、希美さん、と呼び合う仲睦まじい夫婦が、断層によって引き裂かれた。妻が「9月12日」という時間のひずみのなかに飲み込まれてしまったのだ。

妻は、過ぎゆく日々のなか、9月12日の断片で出現する。

〈僕〉は、彼女が時間のひずみに飲み込まれたことを気づかせないよう、同じ服を着続け、部屋や冷蔵庫のなかをその日のままに保つ。断層被害者は、その事実を知ると二度と戻ってくることはないからだ。そしてやがて彼らが戻らない日が訪れることは、何人かの被害者によって判明していた。

希美さんの前では、決して悲しみを見せることはできない。

別れを惜しむこともできない。

国は、断層被害者家族へのサポートを打ち切る決定をした。

 

「ニセモノの妻」の〈僕〉のもとへ、ホンモノの妻は戻ってきた。けれど〈僕〉には、果たして彼女がホンモノなのか、わからなかった。そして、さっきまで一緒にいたニセモノの妻がニセモノなのかも。

ファンタジーは、誰しもの心のなかに潜んでいる。

4組の夫婦に起こる不可思議な出来事。解説は、中江有里。

 

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PROFILE

プロフィール
水月

随筆屋。

Webライター。

1962年東京生まれ。

2000年に山梨県北杜市に移住。

2012年から随筆をかき始める。

妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。



『地球の歩き方』北杜・山梨ブログ特派員

 

*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。

 

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