中島京子の5編から成る短編集『妻が椎茸だったころ』の帯にはこうある。
ちょっと怖くて愛おしい五つの「偏愛」短編集
表題作は、くも膜下出血で突然逝ってしまった妻のレシピノートの話だ。日記帳でも雑記帳でもあると、泰平は思う。愚痴とレシピと自慢とレシピとが交錯したようなノートだった。
たとえば、チャプチェのレシピに柚子ポンを入れたとき。
案外簡単かつおいしい。でも、家族全員が好きかどうかわからないから、みんなが集まる食事には出さないメニューだ。こうして一人気ままに食べる時間が、私はいちばん好きだ。
そして、こんな記述も。
椎茸が二つ並んでいる姿はとてもかわいい。もし、私が過去にタイムスリップして、どこかの時代にいけるなら、私は私が椎茸だったころに戻りたいと思う。
泰平は、嫌々ながら妻が申し込んだ有名女史の料理の個人レッスンに行くことになる。そこでその話をすると、女史は当然のように言うのだった。
「私にとりましてもっとも美しい思い出はやはり、ジュンサイだったときの記憶ですね」
驚く泰平に、手際よくちらし寿司を盛り付けながら、女史は話した。
「花の季節が終わると、とうとう新芽が出てまいりますが、自分の体がこう、つるっつるっと分裂していく。あの何気ないようで相当に強い、寒天質の粘膜に護られて、ぷるるるんと澄んだ水に中に生まれ出るときの感覚は、そうですねえ、年甲斐もなく妙な言葉を使うようですが、恍惚、といったものに近かったと思います」
それから泰平は、妻のレシピノートを見ながら、ひとり料理するようになっていく。
「リズ・イェセンスカのゆるされざる新鮮な出会い」
「ラフレシア」
「蔵篠猿宿パラサイト」
「ハクビシンを飼う」
この4編も、少し変わった人たちの少し変わった「愛」を描いている。
読後、気持ちが解放されたように思うのはきっと、どんなに変わっていたっていいし、どんな愛し方だっていいのだと思えるからだろうか。
エッセイ教室で、先生にお借りした文庫本です。仲間がかいたエッセイが、表題作に影響を受けたというタイトルだったので、持ってきてくださいました。次の方に回します。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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