始めて読む、寺地はるなの長編。
主人公の羽猫山吹(はねこやまぶき)が8歳だった1988年5月から5年ごとに物語は進み、2018年5月38歳を迎えるまでの羽猫家やその周辺の人々を描いている。
この家にまともな大人はひとりもいない、というのが姉の言いぶんで、山吹もなかばそれに同意する。
そんな冒頭の姉、紅(11歳)の言い分はもっともだ。
吹けば飛ぶような工務店を営む祖父、正吾は、九州の片田舎のこの町に遊園地「羽猫山ランド」を作るとふれまわり失笑を買う。
アンティークな雑貨屋の店主である祖母、澄江は、嘘の物語でさも特別なもののようにして商品を売っている。
山吹の弟、青磁を4歳で亡くした母、雪乃は、青磁が死んだことを受け入れず、探し回ったり寝込んだりを繰り返し、紅にも山吹にも目をくれない。
そんな妻から逃れるために、父、淳吾は愛人のもとへと通う。
紅は、大人たちに怒りをあらわにし、やがて家を捨てて行方知れずとなる。
そんな家庭で育った山吹は、紅のように怒ることもできず、弟、青磁の名前で母に手紙を綴り続けるのだった。
嘘つきだったり、ずるかったり、弱くて逃げることしかできなかったり、夢ばかり語ったり、自分を守るために無関心を貫き通したり、そうでもしなくちゃ生きていられなかった人たちを描いていた。もっとも正直に生きている山吹でさえ、母に嘘の手紙を送り続けていた。
そんな山吹も、やがて恋をして家庭を持つようになる。
33歳の結婚間近の山吹が、父と話すシーンが印象的だった。
「あの頃の雪乃の気持ちを理解することも共有することも、俺には無理で、逃げたと言えば、まあそういうことになるかもしれん」
「なるかもしれん、じゃなくてそういうことやけん。いいかげん認めようや」
そして、山吹は思うのだった。
わからなくても、愛せなくても、その存在を認めることはできる。
もし子供が生まれたときに、自分はその子を愛せるのだろうかと胸に重たいものを抱えつつ。
解説が綾瀬まるだということに魅かれて、手にとりました。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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