解説がとても豪華だ。
10編の短編ひとつひとつに、そして総論として、作家や編集者、コラムニスト11人が思いのたけを綴っている。そのなかには個人的に好きなミステリー作家、若竹七海や近藤史恵も名を連ねていた。
1997年に編まれた文庫である。
表題作「水に眠る」は、”特別な水”で割ったウイスキーの水割りの話だ。
わかる人にしか違いがわからない、と同僚の西田さんがその店に〈わたし〉を連れて行ってくれた。
清らかな水の間の琥珀色は、不思議にしんと透き通り、これが湖の深さを重ねても、遥か底に点ほどになった魚の音のない動きまで見せてくれそうに思えた。
わたしは、遠いところに一瞬行き戻って来たような顔で西田さんを見た――と思う。西田さんは、すっと硬さの取れたくつろいだ様子になった。
「分かるんだね。やっぱり――」
〈わたし〉は、その水をひとりバスルームで作ってみる。
「矢が三つ」は、男が女の倍の人口となった世界での出来事。
一婦二夫制が導入され、2人の夫とひとりの妻が家庭を作るのが標準である、といった世のなかである。中2の〈あたし〉の家にも2人目のパパが来た。
――仲良し亭主。
ホームドラマに出て来るのは、皆あれだ。第一パパは頼りがいのあるおうちの船長さん。第二パパは時には脱線するけれど元気いっぱいの航海士。やさしいママは二人を大好き。パパとパパは助け合って――。
そうだろうか。そう、それが社会常識。それが理想の家庭だよ。だけど、どうしちゃったんだろう、あたし。突然、何かが胸にこみあげて来ちゃった。
いちばん好きだったのは、解説者が短編ミステリの傑作と称賛する「ものがたり」だ。
結婚3年目の夫婦のもとへ、田舎から妻の妹、茜が大学受験のため1週間泊りに来る。夫の耕三は、めんどうなのかわざわざ出張を入れ、義妹に会おうとしない。田舎へ帰るというその日、ようやく顔を合わせた茜は、自作だという時代劇のストーリーを話し始めたのだが。
やわらかな空気感。水彩のような淡い色。静かに流れる時間。
そんな穏やかさのなかにあって、人の心は誰にも知られず嵐を抱えていることがある。
ひとつひとつの物語を読み終えるたびに、どうしようもなく切なくなった。
表紙絵は、解説もかいているおーなり由子です。表題作のイメージですね。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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