米澤穂信の小説を、始めて読んだ。
『満願』(新潮文庫)。6編のミステリーが収められた短編集である。
隠しごとは、誰にでもあるだろう。わたしにも、あなたにも。
だが、それを隠すやり方は、何をどう考えるかで大きく変わってくる。6編のうち5編に、重要な隠しごとを持ち、それぞれ強い意志で隠し通そうと画策した人々が描かれている。
『夜警』
刃物を持った男ともみ合い拳銃を発砲したが殉死した新人交番巡査。「あいつは警官には向かない男だった」ともに現場にいたベテラン交番長、柳岡のなかには、釈然としない気持ちが残っていた。
『死人宿』
2年前に失踪した恋人の居場所がわかり、男は訪ねた。そこは秘境と言われる温泉宿で、火山ガスで毎年死ぬ人が出ることから「死人宿」と呼ばれていた。もと恋人は、男に落とし物だという遺書を見せ、3人の客のうちの誰のものか考えてくれというのだが。
『柘榴(ざくろ)』
働きものの美しい女と不思議な魅力を持つ男のあいだには、ふたりの女の子が生まれた。やがて働かない男に愛想を尽かし、娘たちのためを考え、女は離婚を決める。だが娘たちは、父親と一緒に暮らそうと画策するのだった。
『万灯』
資源開発のプロジェクトのため、自ら志望し、海外を渡り歩いてきた会社員、伊丹。仕事に入れ込むうちに、殺人までも犯してしまっていた。有能な彼は、完全犯罪にできる自信があったのだが。
『関守』
ライターの男は、峠を超えようとしていた。都市伝説特集の取材のため、立て続けに起こった転落事故を調べていた。峠の途中には古びたドライブインがあり、休憩をとろうと車を停めると、話し好きの老婆が珈琲を出してくれた。怪談の匂いがするミステリー。
『満願』
かつて世話になった下宿先のおかみさんが、人を殺した。夫の借金を背負わされ、しつこく迫る借金取りを包丁で刺したのだ。優しく聡明な女性だった。弁護士になった主人公は、少しでも刑を軽くしようと奔走するが、彼女は控訴を取り下げ刑を受け入れた。「もういいんです」月日が経ち、彼女が出所してからも、弁護士として成長した男は、その言葉の意味を考え続けるのだった。
「あなた。さっき隠したブロックも出してくださいね」
鵜川妙子の事件を再び真剣に考えるようになったのは、それからである。娘が私にブロックを渡したのは、何も私にくれるつもりだったからではない。間もなく母親が全て片づけてしまうことを知っていて、その一部だけでも避難させるために私に託したのだ。幼な子の娘はこれらのことすべて意識して行ったわけではないだろうが、行動の意味はそういうことだ。
どんな人でも、心の奥の奥で何を考えているのかはわからないのだという恐ろしさが胸に迫る、抜きん出ておもしろい小説集だった。人の心の奥底を、薄皮を一枚ずつ剥がしていくように見せていくミステリーの技に、もう感服だ。ミステリーが好きな人にもそうでない人にも、ぜひおススメしたい。
今、どこの本屋さんにも平積みになっている文庫です。
「このミステリーがすごい!」「週刊文春ミステリーベスト10」「ミステリが読みたい!」の3つで1位を獲得したそうです。「3冠」ってそのことなんですね。そのうえ、山本周五郎賞受賞だそうです。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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