『桐畑家の縁談』がおもしろかったので、その後日談を収録されている短編集を手にとった。『さようなら、コタツ』というインパクトのあるタイトルだ。
そのインパクトそのままに、表題作の短編がめちゃくちゃおもしろかった。
「さようなら、コタツ」
由紀子は、15年間使ったコタツを捨てた。妹の言葉を引用しよう。
冬ばかりか春も夏も、コタツを卓袱台代わりにしているなんて。そんな部屋に男が寄り付くわけがないじゃないの。
コタツを捨て、引っ越した部屋にセミダブルベッドを入れ、36歳の誕生日を迎えた由紀子は待つ。恋人未満の山田伸夫を。前日からラザニアのラグーソースを煮たことは、妹には言うまいと決心しつつ。
妹にでも知られると、自分の誕生日に食すべき料理を前の日から作り始める女の不幸を指摘されて、またちょっとふがいない気持ちになる
からである。
それなのに、山田伸夫が来ない!
7つの短編は、すべて部屋、もしくは家のなかの出来事だ。裏タイトルは「へやのなか」だと著者もかいている。
手作り雑貨の店を立ち上げてようやく1年の記念日を迎えた由香里と恋人の園子は、特別な日を祝っていた。しかし由香里の部屋には彼女の酔っぱらった父親が待ち構えていた。「ハッピー・アニバーサリー」
夢に別れた女がたびたび出てくる。もうすぐ結婚するというのに。「陶器の靴の片割れ」
11歳の少女は太ろうと決意する。太れば母の恋人に女として見られずに済む。手を出されることもない。その後痩せてダイエット・クイーンになればいいのだ。「ダイエット・クイーン」
新入りが脱走した相撲部屋。「八十畳」
『桐畑家の縁談』の後日談ともいえる露子佳子姉妹の叔父の家での風景を描く「私は彼らのやさしい声を聞く」
表題作以外に深く印象に残ったのは「インタビュー」だ。
出ていった妻が選んだ雑貨にあふれた家に、記者とカメラマンが取材に来る。インテリア雑誌の部屋の実例特集だ。妻とのことを知らない記者は、無神経な質問を続ける。
「この手編みのベッドカバーというかストールの大きいなのというか。これとスリッパはハンドメイドですよね。ひょっとしてガールフレンドの贈り物ですか」
この破壊的な無邪気さはなんなのか。
男は、妻が出ていったいきさつを、自分の失敗を、思い起こさずにいられないのだった。
「部屋」という場所にテーマを置いた、心の動きを細やかに描いた小説集だった。
留まった場所でも、人の気持ちはくるくると動く。小さくも。そして、大きくも。日々の些細なことごとは、それぞれが違った形で共有しているのだと、すっと腑に落ちた。
『桐畑家の縁談』と同じテイストのデザインでした。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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