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はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々

『ファースト・プライオリティ』

大好きで何度も読み返しているのに、これまで紹介してこなかった小説集を紹介しよう。

昨年亡くなった山本文緒さんが40歳くらいの頃に出版した風変わりな趣向を凝らした短編集だ。

 

全編通したテーマはタイトルそのままに「第一優先」。収められた31編に、すべて31歳の女性が登場し、彼女の、あるいはその周辺にいる主人公が特別に優先する「こだわりのモノ」が短編のタイトルとなっている。

 

たとえば「初恋」では、12歳の時の初恋をいまだファースト・プライオリティとして抱える31歳の〈私〉だ。久しぶりに高校時代の友人と会って〈私〉は打ち明ける。

「実はね、日向くんと付き合ってんだ、私」

彼女は目を見開いてこちらを見た。

「日向くんって、あのひーさま?」

そうだ。私は高校時代、陰で彼を「ひーさま」と呼んでいた。

「うっそ。いつから?」

「話せば長いんだけど、よく会うようになったのは三年前くらいからかな」

「ちょっとそれ、不倫じゃない。ひーさまがいるのに、あんた他の人と結婚したの?」

「ひーさまだってとっくに結婚してて、お子ちゃま二人もいるもん」

驚いたのか呆れたのか、彼女はしばらく絶句していた。

「ジンクス」は、31歳の彼女の様子がおかしい。結婚したいのに、やっぱり年下じゃダメなのかと悩む7歳年下の〈僕〉が主人公。だが彼女はただ……。

「朝、靴を磨かないと仕事で失敗する。白以外のタオルを使うと体調が崩れる。引っ越しをすると付き合ってた恋人にふられる。だから不安になって柄にもなく料理なんかしちゃったのよ」

ティッシュで涙と洟を拭いながら彼女は訴えた。あまりの真剣さに爆笑したかったが、ここで笑ったらどうなるだろうと思うとちょっと恐かった。

「そんなに縁起をかつぐ人だとは思わなかったなあ」

「だって本当なんだもの。私、恐くてたまらないの。呆れたでしょ。馬鹿みたいでしょ。こんなおばさんと結婚なんかしたくないでしょ」

「カラオケ」は、〈私〉が勤める会社の派遣社員でカラオケ大好きな鷹野さんとカラオケ嫌いの新堂さん、ともに31歳の女性だ。

「だってさ、お酒が嫌いとか本が嫌いとか野茂が嫌いとかスッポン鍋が嫌いとか、そういうの聞いても別にみんな軽蔑はしないでしょ。そーゆー人もいるかもね、くらいじゃない。それがさ、なんでカラオケだけは誘っただけで大軽蔑な目されるわけ? 好き嫌いは人の自由なんだから軽蔑される筋合いはないっつーの。なにあの新堂って女。馬鹿?」

ほかに「偏屈」「車」「夫婦」「処女」「嗜好品」「社畜」「うさぎ男」「ゲーム」「息子」「薬」「旅」「バンド」「庭」「冒険」「燗」「禁欲」「空」「ボランティア」「チャンネル権」「手紙」「安心」「更年期」「お城」「当事者」「ホスト」「銭湯」「三十一歳」「小説」がある。

どれもおもしろく、人の心の機微が垣間見える。

20年前の小説だとは思えない新しさが、光っている。

あなたがどうしても譲れないもの、ファースト・プライオリティは何ですか?

何度も読み返しているので、すり切れています。娘たちも読んでいたなあ。

山本文緒さんの短編集たち。ご冥福をお祈りします。

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PROFILE

プロフィール
水月

随筆屋。

Webライター。

1962年東京生まれ。

2000年に山梨県北杜市に移住。

2012年から随筆をかき始める。

妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。



『地球の歩き方』北杜・山梨ブログ特派員

 

*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。

 

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