『ラプラスの魔女』の続編『魔女の胎動』は、前日譚的なポジションにある。
フランスの天才数学者ピエール・シモン・ラプラスは、言った。
「ある瞬間の物質の力学的状態とエネルギーを知り、計算できる知性があれば、未来がすべて見えるはずだ」
それから、未来に起こる出来事を予知できる者を「ラプラスの悪魔」と呼ぶようになったとか。
羽原円華は、自らを「ラプラスの魔女」と呼ぶ。
彼女は、『ラプラスの魔女』前日譚では、美しい女子高生だった。
『魔女の胎動』では、主人公は工藤ナユタ。アラサーの鍼灸師だ。彼の顧客が抱えたトラブルを、偶然知り合った円華が解決していく。
「あの風に向かって翔べ」
ナユタの顧客は、スキージャンプの坂屋幸広。引退も考えているレジェンドだ。
円華は、自分が風を読んでスタートの合図を出すと言い出すが、ナユタは半信半疑だった。
「天気図なんかでわかるのは、すごく大雑把なことだけです」
「じゃあ何を元に読むんだ」
円華は両手を広げ、周囲を見回した。
「いろいろなもの。気温、地形、木々の揺らぎ、煙の流れ、雲の動き、太陽の位置、目に入るもの、聞こえるもの、肌で感じられること、そうしたことすべてを元に読むんです」
「この手で魔球を」
ナックボール専門のプロ野球投手、石黒達也は、キャッチャーを探していた。相棒が故障で引退を考えているのだ。しかし、信頼し選んだキャッチャーは彼のナックボールを捕れなくなっていた。
「とびきり変化をきかせたナックボールを投げてほしいんです」
円華は再び先ほどのボールを握り、石黒の方へ差し出した。
「あたしに向かって」
「その流れの行方は」
ナユタは高校時代、不登校だった。そのときの恩師の息子が川の事故で植物状態に陥っていると聞いた。どうやら恩師は、発達障害を持っていた息子とのことで自分を責め続けているらしい。
「子供の障害ときちんと向き合わなかったと思うんなら、たっぷり反省したらいいだけの話で、一緒に川に飛び込むべきだったかどうかなんて関係ない。それは物理学の話。そんなことをごっちゃにしてどうすんの」
「どうして物理学の話なんだ? 気持ちの問題なんだから心理学だろ? 先生はずっと悩んでるんだぜ」
「だからそれがナンセンスだといってんの」
「どの道で迷っていようとも」
ナユタの顧客で両目共に視力を失ったピアニスト、朝比奈一成は、大切な人を亡くしたばかりだった。マネージャー兼恋人の尾村勇、通称サム。彼は、登山の趣味もないのに山で崖から転落して死んだ。ふたりがゲイの恋人同士だとカミングアウトしたばかりのタイミングで、警察も朝比奈も自殺だったと思っている。
「なぜだかわからないけど、尾村さんは天気を気にしていた。だからあたしたちがここへ来るのも、尾村さんが登った日と極力気圧配置が近い日にしようと思ったわけ」
「それが今日なのか?」
そう、と円華は頷いた。
「尾村さんは、今、君がいった奇妙な風が吹くタイミングを狙ったというのか」
「じゃないかな、と思っただけ。確信はないよ」
朝比奈とサムの真実を探るうち、「その流れの行方は」で触れられたナユタの過去も明かされていく。
表題作「魔女の胎動」には、円華は登場しない。
『ラプラスの魔女』のプロローグともいえる青江教授の視点で描かれた前日譚だ。
やはり読みどころは、細身で生意気な女子高生、円華が特殊能力を発揮するシーンだろう。
どうしてこんな女の子に、こんなことがわかるのか。こんなことができるのか。
ナユタ含め、周囲が驚く場面は痛快だ。
人混みを歩くと、いつも円華を思い出す。
人がどの方向へ行くのか予測して、みな歩いているのがわかるからだ。人混みを速く歩ける人は、ラプラス的能力がたかいのだろうと、観察したりもする。
円華ほどではないにしろ、わたしたちはラプラス的予測をして、日々暮らしているのである。
円華は、ナユタから見て高校生くらいの少女とかかれていますが、年齢は記述がありませんでした。15歳くらいの設定かな。
映画『ラプラスの魔女』は、2018年に公開されていました。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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