夫の写真展に足を運んだあと、神保町で夕食をとった。
『ceppo(チェッポ)』というワインと炭火焼のお店だ。ceppoとはイタリア語で「切り株」を意味するという。
夫は来ていただいた方々に立ちっぱなしで写真の説明をしたリ、友人とおしゃべりしたりの午後を過ごし気持ちよく疲れていた。わたしも旧友が観に来てくれて楽しい時間を過ごし、やはり気持ちよく疲れていた(だいぶよくなったが腰のこともあるし)。
特別何をしゃべる必要もなく、ふたりただただビールで喉を潤し、肉を食べ、ワインでまったりしたかった。
グラスワインを頼むとスペインの『トーレス』だという。わたしはワインの名や味を覚えられないのだが、夫はよく知っているらしい。
「もう牛が、ついてないんですが」
ワインを継ぎながら、お店の人が言う。
「ここに、牛がついているのがトレードマークなんですよね」
夫がうなずく。
ボトルの首に、紐でぶらさがった牛のフィギュアがついているのだそうだ。
「8種類あるんですよ。今うちには6種類しかないんですが」
そのフィギュアを持ってきてくれた。同じ牛のようだが、ポーズが違う。片足を揚げたり、下を向いたり、仰向けに寝転がっていたり。
「この牛、いいなあ」
仰向けに寝転がっている牛を眺め、心の声がこぼれた。なかでもいちばん牛らしくないところに魅かれる。
むかしラジオで聴いたことを思い出した。幼稚園の子どもたちに「将来何になりたいか」と訊ねたとき、「お花屋さん」とか「サッカー選手」とかの答えに混じってひとりだけ「牛になりたい」と言った男の子がいたという。
なぜその答えを導き出したのか今となっては知る由もないが、たまにふと思い出し彼の心理を探ってみたいという気持ちが募る。だから印象に残っているのだろう。牛にはならず、すでに大人になっているはずだが。
「こんな牛なら、わたしもなってみたい」
牛らしくない牛は、牛らしくないことなどまったく気にすることなく、堂々と腹を見せていた。
新潟のクラフトビールをいただきました。
パテドカンパーニュやレバーペーストの前菜。
イタリアの田舎を思わせるような、野菜がゴロゴロ入ったサラダ。
今が旬だという子羊の炭火焼き。新玉葱が、甘かった。
立たない牛さんが1頭だけいました。手前の子です。夫が立てると立つんだけど、わたしにはどうしても立たせてあげられませんでした。
それぞれに個性的。「ひとつどうぞ」とおっしゃるので、仰向けに寝転がっている子をプレゼントしていただきました。『トーレス』のなかでも「グラン・サングレ・デ・トロ」という名の赤ワインのボトルに牛さんがついているようです。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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