イタリアに来てからというもの、上ばかり見ている。
教会を観に行くことが、多いからだ。宗教は持たないが、教会のしんとした心が落ち着く雰囲気や美しさを、ただ観て空気を吸い、感じている。
どの教会も、その大きさは見上げるものばかり。なかに入れば、天井絵やステンドグラス、幾何学模様に飾られた柱や梁など、やはり見上げるばかりなのだ。
パレルモでは、いくつもの教会を観て歩いた。
ひとつは、サン・カタルド教会。ピンク色の丸いクーポラが3つ並んでいる姿は、一度観たら忘れられない。そのなかに足を踏み入れたときのことだ。
「ピンクって言うか赤く、間違えて塗っちゃったらしいよ」
ガイドブック片手に夫が、教えてくれた。
なかに入ると簡素な装飾だが3つの丸を内側から見るのがおもしろく、上ばかり見ていた。するとまた夫が言った。
「床の幾何学模様は、イスラム支配下にあったとき作られたものなんだって」
言われて下を見ると、確かに幾何学模様をモザイク画のようにはめ込んだ床だ。歴史ある建造物には、天井も床もあらゆるところに時代を表す意味だったり、作られた理由などが散りばめられている。目を魅かれるままに上ばかり見ていては、見逃してしまうものも多いのだろう。
いつも思う。上を見ていると下のことを忘れ、右を見ていると左のことを忘れる。前ばかり見ていると後ろを振り返ることは少ない。360度すべてに意識を向けていることは容易ではない。
そんなことを考えて後ろを振り返ってみると、やはり天井を見上げる夫がいた。
イタリアに来てから、夫はわたしに前を歩くようにうるさく言う。危険がないように、彼の視界にわたしが入るよう気をつけてくれているのだ。
彼の視界の端っこにある微かだけれど温かな視線を背中に感じながら、わたしは首が痛くなるほどに上を向いたり足もとをじっと見つめたりした。
3つ並んだクーポラが特徴のサン・カタルド教会。
内装はいたってジミーですが、3つのドームが内側から観られます。
これがイスラム支配下で作られた幾何学模様の床です。
お隣りのマルトラーナ教会。
美しい天井絵に目を魅かれます。
光るもの美しいものに、救いを求めていたのでしょうか。
ひとつひとつの絵が、とても細かいモザイクで描かれていました。
シチリア最古のビザンチン様式だそうです。
パラティーナ礼拝堂です。
アラブ・ノルマン様式の礼拝堂だそうです。
モザイク画の細やかさに目を見張りました。
床のタイルを修復している様子も、観ることができました。どこの教会でも観光客の横で普通に作業していて、日々修復しているのだと判りました。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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