第167回芥川賞ノミネート作品。
心ざわつく今年最高に不穏な職場小説!
電車のなかで見た広告にこうあり、手にとった。こんなセリフも電車広告のなかに張りついていた。
「二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」
食品のラベルパッケージなどを制作する会社で入社5年目の二谷は、3ヶ月前に東北から埼玉支社に転勤してきたばかり。独身でひとり暮らし、彼女はいない。仕事も人間関係も、適当にうまくやれるタイプ。
悩みといえば、一日三食食べなくてはならず、おまけに栄養や健康までそれに付随して考えなくてはならないこと。面倒極まりないと、食周辺に疲れている20代だ。
1年先輩の女性、芦川さんは、自分の手に負えない仕事が入ると急に早退したり、そのほかにも体調不良で休んだりする。残業も遅くまでになると翌日体調を崩すからと、他の社員よりずっと早く上がる。
二谷と同期でずっと芦川さんと同じ部署で働いてきた女性、押尾さんは、単にみんなと同じにできないのがむかつくのとは違うという。
「できないことを周りが理解しているところ」
に納得できない。だから「いじわるしませんか」となったのである。
職場の上司もパートのおばさん達も、みな芦川さんの味方、という系図ができていた。
二谷は、なんとなく芦川さんとつきあい始める。
芦川さんは料理上手で、二谷の部屋に来たときには、必ずちゃんとしたものをと手料理を作る。コンビニ飯でいいのにという二谷の思いは言葉にならない。
次第にお腹に溜まった言葉を無理矢理消化させようと、二谷は芦川さんが眠ってからカップ麺をむさぼり食うようになっていく。
腹の中が冷え冷えとしていた。なるべくちゃんとしていない、体に悪いものだけが、おれを温められる。二谷はカップ麺の蓋の隙間から逃げ出す湯気を見つめながら思う。
職場では、芦川さんが手作りのお菓子を差し入れることが恒例となっていて、やがて二谷は、それをこっそり潰して捨てるようになる。
それを見つけた押尾さんが、拾って芦川さんの机に置くようになり……。
「職場で、同じ給料もらってて、なのに、あの人は配慮されるのにこっちは配慮されないっていうかむしろその人の分までがんばれ、みたいなの、ちょっといらっとするよな」
二谷は、芦川さんは、押尾さんは、はてさてどうなっていくのか。
二谷は、自分をそして他人を攻撃することなく、ご飯を美味しいと思って食べられるときが来るのだろうか。
芦川さんの態度を周囲に訴えることもできず、けれど人一倍がんばって仕事をしている押尾さんが、わたしはいちばん好きだった。
鍋のなかの描写が、印象的でした。
洗わないで放置した鍋の中の濁った水みたいな胸の内に、毅然が足りない、という言葉が浮かんできた時、二谷は芦川さんを尊敬するのを諦めた。
二谷は、尊敬できない女性と結婚しようと思うのかな。ふたりのその後が気にかかる終わり方でした。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。
管理人が承認するまで画面には反映されません。