アボリジニのドット・ペイントを久しぶりにじっくり見たせいか、信号待ちでみた信号の赤の光が点の集まりであることに気づいた。
気づいたというより、知っていたことが、あらためて目につくようになったというのだろうか。信号を見るたびに、「点だ」と思ってしまう。
丸い赤や青や黄の光は、きっちりと並べられた数十個の点の光からできている。前を走る車のブレーキランプもまた、信号よりは大き目の点で作られている。
ひとつの点は頼りない光でも、集まるとしっかりと主張を持つ光となる。
ドット・ペイントというほどのものではないが、その頼りないひとつの光が集まってできる集合した光というものの不思議をじっと見つめてしまう。
人の心も、アボリジニの絵のように、あるいは信号の光のように、頼りなく小さな点で作られているのかも知れない。
うれしい気持ちも、悲しい気持ちも。
ブログが不具合で開けなくなったとき、ああ、これまでかいてきたものすべてが泡と消えてしまうのだろうかと思い、言いようのない虚しさのなかにいたが、思っていたよりもショックに感じていない自分を俯瞰してもいた。
1日ひとつかいてきたエッセイ。それは無数の点の集まりだ。しかし、これから先の無数の1日もまた、何もかいていないというだけで、確かに存在する「点」の集まりである。たとえこれまでかいてきたものが失くなってしまったとしても、これから続いていく「点」は失くなることはない。無意識のうちにそう捉えていたのかも知れない。
うれしい気持ちの点を集めて、悲しい気持ちの点もまた集めて、これからも日々を重ねていくのだろう。そう考えているうちに、信号は青に変わった。
手話サークルに行く途中に通る「双田橋北」の信号です。
赤い光がドット・ペイントになっています。
夕方夫と散歩しながら見上げた空。水彩画のような雲が流れていました。
雲も、水滴が集まってできているんですよね。
こんにちわ。
少し、秋めいた空になったきたのでしょうか・・・。
朝晩がずいぶん過ごしやすくなりました。
ブログ再開、本当に良かったですね。
ご心配だったことだろうと、お察ししますが・・・。消えてなくって良かったです。
もし、万一そんなことになったら、私も悲しいですが、でもまた最初からやり直して、
つないで行くしかないですね。
空が高くて、広いですね。
ぱすさん
秋めいた空になってきたんでしょうか。
今日も、うっすらと筆で描いたような水彩画の雲が流れていました。
ブログのこと、ありがとうございます♡
ぱすさんも、日々言葉を紡いでいるのでわかっていただけるんだと思います。うれしいです。
点のような日々に見上げる空。
同じ空はないと思うと、勇気が出ます。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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