十代後半にバイトしていた喫茶店の料理長が、サイモン&ガーファンクルが好きだった。
影響を受けて聴いたその頃のことを、うっすらと思い出しながら読んだ。
サイモン&ガーファンクルの「April come she will(四月になれば彼女は)」をタイトルに据えた恋愛小説。
無論、わたし自身もその周辺も、十代の頃とは何もかもが違っている。
サイモン&ガーファンクルももう、すっかり忘れた。
恋も愛も、霞がかかり分厚い曇り硝子の向こうへと行ってしまった。
たぶん、そんな枯れた大人にこそ響く物語なのだろう。
精神科医の藤代俊は、大学時代、写真部の後輩、伊予田春と恋仲だった。
そのハルから、9年ぶりに手紙が届く。4月のことだ。
藤代には、婚約している女性、弥生がいるが、彼女との愛の行方はすでに霧のなか。セックスレスでもある。
藤代、ハル、弥生。
藤代の後輩の医師、奈々。藤代の飲み友達でゲイのタスク。弥生の妹、純。
藤代は、結婚や恋愛について考えながら、時折ハルから届く手紙を読み、1年を過ごすのだった。
それぞれのキャラクターの、印象的なセリフを抜き出してみようと思う。
ハル。
「わたしは雨の匂いとか、街の熱気とか、悲しい音楽とか、嬉しそうな声とか、誰かを好きな気持ちとか、そういうものを撮りたい」
弥生の妹、純。
「おにいさん、セックスしてます? おねえちゃんと」
藤代の後輩の医師、奈々。
「男と女が運命的に出会って恋に落ち、一生の伴侶として愛し合うということが前提になっているのがおかしい。誰と恋愛しても行き着くところは一緒なんです。だから結婚の先のセックスレスだって、当然のことだと思いますけど」
弥生。
「このりんごをどの猿が食べるのか。お互い賭けよう!」
「……わかりました。それでなにを賭けるんですか?」
勢いに押され、藤代は小声で答える。
彼女は、りんごを宙に一度放り、そして摑んでから答える。
「もし私が勝ったら、来週も藤代くんと会う」
「僕が勝ったら?」
「もう二度と会わないことにする。どう?」
タスク。
「もっと悩んだり、苦しんだりしないんですか? 手放したくないなら、じたばたしたり、あがいたりしなよ。結局フジさんは、弥生さんを見捨てようとしてるんですよ」
藤代。
「精神科医というのは多かれ少なかれ、自分が患者なんだよ。ほとんどの精神科医が不思議と自分が抱える問題と同じ分野を選び、自分と似た患者を診ることになる。僕たちは、他人を治しているようで、自分のことを治療したいだけなのかもしれない」
形のない「愛」というものを静かに形作り、そっと差し出したような小説だった。
映画『世界から猫が消えたなら』の川村元気。『君の名は。』ほか、映画プロデューサーとしての方が知られていますね。小説を読んだのは、初めてでした。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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