手袋を、新調した。
エンジ寄りの赤で、薄手。たぶん山梨ではあまりしない。
東京や、お正月に神戸へ帰省したときにはめるには、一昨年かその前くらいにしていたものが古くなったと感じ、購入したのである。
「手袋」は、冬の生活の季語だ。傍題は「手套(しゅたう)」「革手袋」。
手袋の右ぬいで待つ左かな 奈倉梧月
右手を脱いでいるあいだ、待っている左手。おもしろい。
手袋をぬぐ手ながむる逢瀬かな 日野草城
こういう恋の句を、詠めるようになりたい。
ところで、この二句には共通点がある。手袋を「ぬぐ」と表現している点だ。
わたしの両親が生まれた北海道では、「手袋を履く、脱ぐ」という。子供時代、わたしもそう言っていたのだが、小学生らしい意地悪さで「手袋履く?!」とからかわれて以来、口から出そうになるその方言を封印し「手袋をはめる、外す」と言うようになった。
だから、ふたりの俳人はもしや北海道生まれでは? と調べたが島根と東京で、北海道とは関係がなかった。
ここで初めて気づいた。「手袋を履く」に違和感を持つ標準語ユーザーも、「手袋を脱ぐ」を使う人が多いのかも、と。
方言のコンプレックスが強いがあまり、「脱ぐ」も北海道弁だと思い込んでいたのだ。
ちなみに、北海道ではなぜ「手袋を履く」というのかと、子供時代母に問うたところ、こんな答えが返ってきた。
「手は真っ直ぐ下におろすと、腰より下になる。だから、手袋をして長時間歩くことが多かった北海道では『履く』。でも手を上にあげると、腰より上。だからきっと、手袋をして長時間歩くことがない東京では『はめる』とか『する』とか言うんじゃないかな」
無論、どちらも間違いじゃない。ただ方言だというだけである。
「手袋をぬぐ」句を、いつか詠めるだろうか。
派手ではない赤の手袋。赤。たまに身につけたくなる色です。
こちらは、気に入りの赤いポンチョ。
倉敷帆布の鞄も、赤。気に入って使っています。
かれこれ10年以上、季節を問わずつけている赤が基調のビーズアクセサリー。
☆『地球の歩き方』山梨特派員ブログ、更新しました。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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