「動機はそちらで見つけてください」
アナウンサー志望の女子大生【聖山環菜(ひじりやまかんな)】(22歳)は、父親を刺殺し、夕刻の多摩川沿いを血まみれで歩いていた。
環菜が警察に突きつけたとも言えるその台詞は、「美人すぎる殺人者」という見出しとともに週刊誌をにぎわすにはじゅうぶんだった。
カウンセラー【真壁由紀(まかべゆき)】(34歳)は、父親を殺した環菜の心理を解くノンフィクション本の執筆を依頼されていた。そのためには「動機」となるものを見極めなければならない。
偶然にも由紀の夫【真壁我聞(がもん)】の弟【庵野迦葉(あんのかしょう)】が国選弁護人となる。由紀と迦葉は大学時代の同期生で、たがいの胸に秘めた過去があった。
由紀は、環菜のなかに、血の繋がらない厳格で独善的な父親に対してのねじまがった感情をうっすらと感じていくが、環菜はそれを表に出そうとはしない。
『ファーストラブ』というタイトルは、初恋という意味のほかに、環菜が父親に抱いていたものを表しているのだろうと思ったが、そこには、すべての女性が誰よりも身近な異性として初めて出会う人、男性という性を持つ父親に対する違和感と恐怖のようなものが入り交じっていた。
この小説は、少女時代に傷つき病んだ環菜の心を、大人の女性である由紀が救いの手を差し伸べる物語だが、大人であっても完璧な心など持つ者はいない。由紀もまた環菜と関わることで、自分のなかに滞っていたものを解放していく。
小説後半は、裁判劇となる。
島本理生は、語っている。
カウンセリングと裁判は、似ている。
患者あるいは被告に誘導尋問してはいけないというところが、似ているという。自分の言葉で自分のことを語る。そこからしか真実は見いだせないのだと。
普段の生活のなかで、誘導尋問は当たり前になっているのかも知れない。家庭で、学校で、職場で、友人たちとのあいだで。
カウンセリングでしか、あるいは裁判でしか、本当の自分に向き合えない。人間はそこまで追い詰められているのだろうか。
環菜は、父親に対して、そして母親に対して何を思っていたのだろう。読み終えても、わたしにはわからなかった。
ついこのあいだ直木賞を受賞した作品です。購入した本の帯には、まだ「直木賞候補作」とありました。島本理生は、芥川賞候補には3回、直木賞候補になったのは2回目での受賞です。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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