『いっちみち』というタイトルは、「行ってみて」という大分の方言だ。
冒頭の短編はこの表題作で、芳恵は故郷へ行こうと思い立つ。
さっと行っちみち、ぱっと見ち、すぐ帰っちきち――。
16歳で家族とともに夜逃げした過去を振り返りながら、46歳で介護士として働く芳恵は、四国は愛媛からフェリーに乗った。コロナ禍が始まろうとしていた2月だからこそ、マスクで顔を隠し、生まれ育った大分の臼杵の地に降り立つことができたのだった。
「流れちょん血が、そういう血っち言いよんの」
誰彼かまわず抱く男、誰にでも抱かれる女、そういう血が芳恵には流れている。だから夜逃げもしなくちゃならなかった。母は言い放ち、出ていった。その両親もそれぞれに死んだ今、芳恵はひとり静かに暮らしていたのだが。
乃南アサ短編傑作選シリーズのこの巻には、8編の家族にまつわる物語が収められている。
表題作を除いた7編は、サスペンス色の濃いミステリーだ。
清潔に過ごすために作られた家族のルールにがんじがらめになっていく会社員。「ルール」
線香を作る家族だけの秘密。「青い手」
恋人とハワイへ行くために祖父の葬儀をずらそうと画策する看護士と、その家族。「4℃の恋」
両親を事故で亡くした9歳の姪っ子を引き取った家族に起こるホラー。「夕がすみ」
アイドルを恋人に持つ女は、彼を待って6年が経った。「青い夜の底で」
出張先で同じタイプのグレーの背広を間違えて着て帰った。それだけのはずが。「他人の背広」
息子が、マイカーに死んだ女を乗せて帰ってきた。ラストの「団欒」は、家族で焼肉をしながら、死体をどうするか話し合うシーンがシュールだ。
「お兄ちゃんって、もともと運の悪いところがあるのよね」
焼き上がった肉に箸をのばそうとすると、一瞬早くその肉を梨絵が取ってしまう。浩之は口を尖らせて妹をにらむが、二日酔いも抜けたらしい梨絵は知らん顔で大口を開けて肉を頬張っていた。
奥の客間には、死体が横たわっているというのに、焼肉。ブラックユーモアが効きすぎていて、笑えるほど怖い。
「明日こそ、なんとかしてもらわなきゃ困るんだから」
「なんとかするって言っても――」
「どっかに捨ててきてちょうだいよ」
「俺が一人で行くの?」
浩之は心細くなって家族を見回した。全員が口を動かしながら浩之を見ている。
みなが持っている家族という箱は、驚くほどに形が違う。そして何かが起こるたびに、雲の形のように変わっていく。
温かくて、滑稽で、残酷で――家族というミステリー。
帯の言葉の「滑稽」と「残酷」が浮き上がる短編集だった。
乃南アサ短編傑作選シリーズは、4冊目です。『最後の花束』『岬にて』『すずの爪あと』も、読みたいな。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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