この色あせた本は、2006年に初めてイタリアを旅したあとに手にしたエッセイで、刊行されたのはもう20年ほどまえになる。
人気料理研究家、有元葉子が、イタリアはウンブリア州の片田舎、それも城壁のなかに14世紀の建造物である家を買い、別荘として滞在するうちに見えてきた”イタリア田舎生活”、そして自分らしい生き方について綴られている。
たぶん一度読んだだけで本棚の奥に仕舞っていたこの本を、再読して驚いたのは、ウンブリアでの田舎暮らしが、ここ山梨の片田舎での暮らしと多くの共通点があることだ。
たぶん、まだ田舎暮らし初心者だった頃には見えてこなかったことが、22年暮らした今だからこそ炙り出しのように浮き上がって見えるようになったのだろう。
まずウンブリアは、山梨県と同じく山々に囲まれた「海なし」州だった。
海がない代わりに、緑の濃さ、豊かさは、イタリアでも随一。「緑なすウンブリア」、はたまた「イタリアの緑の心臓」と讃えられるほどです。
標高の高い土地で、薪を燃やし暖をとる暮らしも似ている。
秋から冬にかけて、暖炉は暖房として大活躍します。雪はほとんど降りませんが、ウンブリア州の冬の寒さは北海道や東北地方にも負けないくらいです。
アーティストが多く移住してくる町であることも、ここ北杜市と同じだ。
小さな町ですが外国人が意外と多く住んでいて、なにかのアーティストである場合が多いのです。
そんななか、なるほど膝を打ったのは、イタリアの田舎ではメインは肉ではなく野菜であり、それがイタリアのコース料理のオーダーの順序に反映されているというところ。
最初に食べるアンティパストは食欲を増進させるものだというのはわかりますが、どうして次のプリモ・ピアットで、お腹がいっぱいになるようなパスタやリゾットやズッパを食べるのでしょうか。これではメインといわれるセコンド・ピアットで、肉や魚などをたくさん食べられなくなります。
もともとイタリアの家庭でのご飯はパスタ、リゾットなどの穀類や野菜たっぷりのズッパがじつはメインであり、肉や魚は特別な日のオマケ、ハレの日を飾るものだったのではないかとかかれていた。
たしかに、〆はご飯かラーメンかという日本の飲み文化のなかにいると、この順序には違和感を覚えていた。こんな歴史が関係していたとは。
ほかにも、さすが料理研究家という視点で、パンや手作りのオリーブオイル、様々なチーズ、種類豊富なトマト、日本では食卓に上がらないカルチョーフィ、北や南に旅したときの料理紀行など20年の年月を感じさせない楽しいエッセイ集だった。
いちばん心に残ったのは、夕方の散歩という意味を持つ「パッセジャータ」という言葉だ。夕陽を浴び、のんびりとイタリアの田舎町を歩く。
そんな旅がしたい。
表紙のテーブルは、16世紀のアンティークで当時そのままに蜜蝋を塗って仕上げてもらったそうです。それでも椅子は座りやすさ重視で新しくシンプルなものを選ぶ。有元葉子のこだわりが、見えてきます。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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