「吉田篤弘の幻のデビュー作」と謳われた文庫本は、シンプルに白い。
紺の正方形に白い文字でタイトルと著者名「吉田音On yoshida」と別名で記していた頃の名が置かれ、左上には「Think」と薄水色の文字がある。そして、黒猫。
「シンク」は、35歳の学者、円田(つぶらだ)さんの猫で、黒くとても小さい。
主人公は、吉田音。13歳の女子中学生だ。
音は、円田さんとともに、ミルリトン探偵局を起ち上げた。
シンクが持ち帰る様々な”おみやげ”から、謎を解く。
つまりふたりは、”夜に猫が身をひそめるところ”を推理するわけだが、それは、”決して謎を解かない”という了解の上で成り立っている。そこに、人間が入り込める余地はないのだから。
「ミルリトン探偵局・1 猫だけが行ける場所」で、シンクが持ち帰ったものは、以下。
・釘(わりと新しいまっすぐなもの)
・光沢ビスの袋のかけら(光沢ビス、五十だけが読みとれる)
・古い釘(錆びてくの字型に曲がっている)
・映画『箱舟』のちらし(『春の驟雨』と二本立てらしい)
円田大探偵は、シンクは大工の老人のもとへ通っているのではないかと推理するのだが。
探偵局の推理はことごとく外れるが、シンクが見てきた風景が、味わい深く洒落ていてノスタルジックに描かれていてたまらない。
――と、そのとき、静かに横たわっている鳩時計が、五十嵐さんには不思議なほど安らかに見えた。というより、時計が安らかなのか、それとも、五十嵐さん本人が安らかなのか区別のつけようがなかった。
おかしな気持ちだった。
まだ火のついていない煙草をくわえ、五十嵐さんはそのままじっと鳩時計を見下ろしていた。長いことそうしていた。時計のコツコツいう音が聞こえない分、それは本当に長く感じられた。時計の沈黙に何もかもが吸い込まれそうな気さえした。
こんなふうに、ひとりの人間の過ごした、ごくありふれたとも逆に特別なともいえる時間が語られていく。
謎は必ずしも解くべきものではなく、決して解かないという選択肢すらある。その扉の向こうにシンクはするりと滑り込み、なにがしかを持ち帰ってくるのだった。
シンクのおみやげは、2では漏斗(じょうご)やメモ、3ではぶどうの種16粒など。そもそも最初のおみやげは、青い小さな16個のボタンだった。
夜、人間の家を抜け出して、いったい猫はどこに行っているのだろう。
小説集は、続編『世界でいちばん幸せな屋上』へと続いていく。楽しみだ。

かっこいい。ただそう思って、本屋で衝動買いした文庫本です。25年前のデビュー作の復刻版だそうです。

吉田篤弘のイラスト入り。Think's Souvenirがお洒落!

最初に見つけたのはこっちでした。タイトルに、とても惹かれました。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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