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はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々

『木暮荘物語』

何年か前に読んで、とても魅かれた記憶のある小説を再読した。

三浦しをんの連作短編集『木暮荘物語』(祥伝社)。

7つの短編からなるこの小説、舞台はタイトルの通り木暮荘。木造2階建て6室の壁の薄い生活音が筒抜けのアパートだ。

 

一話目『シンプリーヘブン』語り手は、203号室に住む坂田繭、花屋の店員。

繭は恋人の伊藤さんとのんびりとした休日を過ごしていた。そこに現れたのは、3年前に出ていったきりの元カレ並木だった。

並木が作った夕食を食べ、それぞれがどこで寝るかでまた一悶着あった。

「もういっそのこと、三人でやっちゃうってのはどうかな」

と並木は提案した。晃生が一瞬考えるそぶりを見せたので、繭はあわてて「却下」と言った。

「なんでさ」

「そんなの、私ばっかり疲れるじゃない」

「いやあ、二倍気持ちいいもんだと思うけど」

にやにやする並木を、繭は仕切り戸から台所へ押しやった。

「あなたはただの居候でしょ。わたしは伊藤さんと寝る」

「あ、居座りから居候に昇格した」

うれしそうな並木に、バスタオルを投げつけた。晃生は植物じみた静けさで、二人のやりとりを眺めていた。

2話目『心身』大家の木暮。70代。家は近所にあるが101号室でひとり住まい。

死の床についた友人を見舞うと、一時帰宅時に「かあちゃんにセックスを断られた」と悲壮な顔つきで言う。木暮は二の舞にならぬよう作戦をたてるのだが。

遠からず、死が木暮を訪う。そのとき、最後にぜひともセックスをさせてくれと頼んで断らない相手が、木暮は欲しい。過ごしてきた時間と立場を考えると、頼むにふさわしいのは妻である。しかし、妻とは感情の交流が成立し、互いを知りつくしている。言葉を変えれば、遠慮がなくなっている。必然的に、容赦なく断られる可能性も高い。

3話目『柱の実り』トリマーの美禰(みね)は、木暮荘近くに暮らす。

美禰は、駅の柱に男根そっくりの水色の物体を発見する。どうやらそれは、美禰と、駅で偶然出会ったやくざ風の男、前田にしか見えないらしい。

 

4話目『黒い飲み物』繭が働く花屋の女店主、佐伯。

併設された夫が営む喫茶店で淹れた珈琲が、佐伯には泥の味に感じられるようになっていた。常連の女性客に「泥の味は、浮気の味」と告げられる。

 

5話目『穴』201号室の転職を夢見るサラリーマン神崎。

木暮荘の生活音に辟易していた神崎は、ふとしたきっかけで102号室の女子大生の部屋を覗き始め、毎日が楽しくなる。

神崎は覗いた。どの男もが、自分のいいように動き、果て、口先だけの都合のいい言葉を吐いてさっさと帰っていくのを。女子大生が、やわらかく体勢を変え、男の背中や髪を従順に掻きむしり、甘えたりすねたりして自在に次回の約束を取りつけるのを。

たまに、俺の視線に女子大生は気づいているのではないか、と思うことがあった。男に揺さぶられながら、女子大生は冷えた目で天井の一点を見上げていた。神崎のひそむ天井を。

6話目『ピース』102号室の女子大生、光子。

中学生のときに子どもを産めない身体だと知った光子だが、友人が置き去りにした生まれて間もない赤ん坊を預かることになってしまう。

 

7話目『嘘の味』繭と伊藤さんに追い出された並木。

あきらめきれずに定住もせず繭をストーカーしていたところ、花屋の常連客ニジコの部屋を間借りすることになる。ニジコは自分が作った料理以外口にしない。嘘の味がわかってしまうのだという。

 

常々人の心というものには凹凸があると思っていた。だから、いろいろとひっかかる。シンプリーヘブンという白い薔薇だったり、駅の柱のできものだったり、珈琲の味だったり、壁に空いた穴だったり、カブトムシの死骸だったり。

そして身体にも凹凸がある。ハグされると言いようもなく安心するのは、その凹凸を埋めてくれるからだろう。赤ん坊が抱いてもらいたがるのとおんなじだ。人はいくつになっても赤ん坊のときと同じく凹凸を埋めてもらいたがっている。

木暮荘を囲む人々は、みんな限りなくでこぼこだ。そしてそれは、わたしであり、あなたでもある。

 

1話目を読むなり、すでに読み終わりたくない症候群に陥った。

木暮荘の住人たちの欠陥だらけの魅力もさることながら、言葉選びに深みを感じる文章に心を持っていかれた。嗚呼! どうして本には終わりがあるんだろう。なんで読み終わっちゃったんだ、わたし。

CIMG69232010年に出版されています。5~6年前に読んだってことかな。こういう帯好きです。裏には本屋さんたちのひと言レビューがびっしり並んでいます。

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PROFILE

プロフィール
水月

随筆屋。

Webライター。

1962年東京生まれ。

2000年に山梨県北杜市に移住。

2012年から随筆をかき始める。

妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。



『地球の歩き方』北杜・山梨ブログ特派員

 

*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。

 

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