昨年、「金子兜太展」を観に行ったときに、山梨文学館で購入した俳句入門書を、ようやく開いた。
1986年に刊行されたこの本は、4つの章で構成されている。
「第一章 俳句の特色と魅力」俳句のなんたるかを語る、20のエッセイ。
「写生の目と真実の目」では、最近のカメラは性能が良く、写真にはその場で気づかなかったものが鮮明に写ってさえいる。だが、俳句にはカメラは不向き。
俳句は、自分の眼で見、心に感じとった、いちばん大事なところを表現する文芸ですから、なにもかも写しとる必要はないのです。
この点、スケッチは、もともとが省略の絵。俳句の骨法に適ったところがあります。かりに稚拙でも、描いた当人にはその絵を見れば実景が蘇ってくるはず。
「第二章 秀句十二か月」先人の名句をひと月ずつ10句ほど揚げ、その魅力を解説。「二月」には、芭蕉の有名句ともう一句を比較していた。
洗ひ葱白きあたりが雫せり 能村登四郎
葱白く洗ひたてたるさむさ哉 芭蕉
芭蕉のこの句はよく知られた、たいへん有名な句です。むろんそのことは、作者も十二分に承知の上で作った作品。なるほど場所の作品とこの句は、一件素材も情景も全く同じ。しかも、異質の感覚でとらえたところが面白い。つまり、洗いたての何本かの葱の白さに寒さを見た芭蕉の、その一本に好奇の目を向けている句といえます。ことに「白きあたり」が独特の甘受。俳句は平凡をおそれず、いたずらに累計を避けるよりも、自分の眼を信じることがなにより大事と思いますが、この作品などその好例といえましょう。
「第三章 添削と助言」投句された句から選び、良さと、どうすればもっと良くなるかを実践。(NHK婦人百科「俳句入門」に投句された句についてテキストに執筆したなかから)
緑蔭に惜しき牛舎の臭いかな(原句)
緑蔭や間近に牛舎あることも(修正後)
この句には、見たまますべてを詠まなくても良いとアドバイス。臭いまで言ってしまうと説明になる。
俳句は、おいしいですよ、といわないでおいしく見える料理のようなもの。
「第四章 自作の周辺――四季の眺め」春夏秋冬の龍太自薦の36句とその解説。
白梅のあと紅梅の深空あり 龍太
なお寒気ののこる大気のなかに、はやくも二、三輪白梅が咲く。悪くない風情ですが、白梅がすっかり咲きさかると、ついであでやかに紅梅が蕾をひらきます。「もう寒さも大丈夫だよ。お前さんも出ておいで」。兄さんが可愛い妹にいっているかのような感じ。ことに麗らかに晴れ渡った日の眺めは格別。
こうして、引用のためにかき写していると、龍太の言葉がいかにわかりやすく洗練されているかがよくわかる。ということでしばらくしたらまた〈2〉をかきたいと思う。

復刻版限定、俳人、夏井いつきの解説つき。
紺絣春月重く出でしかな 龍太
俳句を始めた頃に出会った龍太の、この句のこと。
俳句が楽しくなってきた頃、季語「早春」の龍太の解説にふたたび出会い、季語の持つ力に気づかされたことなどが、温かみのある文章で綴られていました。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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