3月の句会。兼題は、「苗札(なえふだ)」「風船」。
どちらも、春の生活の季語だ。
「苗札」は、知らなかった季語。『俳句歳時記・春』の同じページには「苗床(なえどこ)」「苗木市」などもある。暮しのなかのワンシーンを切りとったぬくもりを感じる季語だ。
苗床、花壇、鉢などへ種を蒔き、あるいは苗を植え替えたあと、添えておく小さな札のこと。
句会でも話が出たが、白い小さな苗札にマジックで花の名や日付をかいたもののほか、品種や写真のついた販売している苗についているものもある。
太陽が出る苗札のうしろより 辻田克巳
太陽という大きな存在と、苗札の小さな存在。その小さな苗札をうしろから照らすように「太陽が出る」というのが舞台のワンシーンのよう。
苗札のやや傾くは父の癖 藤原嶺人
苗札という小さな花の名札に、それを刺した人物を浮かび上がらせる句。
「風船」は、傍題に「紙風船」「風船売」「ゴム風船」などがある。
日曜といふさみしさの紙風船 岡本眸
日曜は特別な曜日だ。自由が風船のごとくどこまでも飛んでいく日もあれば、わけもなく有り余った時間に淋しさが押し寄せる。紙風船の乾いた音もカラフルさも、淋しさを際立たせてしまう。
天井に風船あるを知りて眠る 依光陽子
子供がもらった風船がすっかり飽きられてただ天井に寄り添っている。そんな句をわたしも考えていたので、ああもう詠まれていたかと思った句。眠っているのは、子供だろうか。
風船のように春夏秋冬どの季節にもあるものを詠む場合、その季節ならではの、例えば風船なら春らしさ、春を連想させる明るさを感じさせるものにした方が良いのではないかという話が出た。小さな発見や感動を大切に、季語の本質を見極めて詠んでいきたいと思った。
わたしの「風船」の句は、こちら。
紙風船ほどの重さの友の愚痴
「うちの旦那さあ」で始まる軽い愚痴。けれどそこには、湿度が増すと重くなる空気感がある。紙風船のように軽く手の上で、乾いた音を立て空中に放てばいい。いつでも聴くよ、紙風船ほどの重さの愚痴ならば。そんな思いで詠んだ句だ。
次回4月の兼題は、「春深し」「蚕」。
4月から幹事のひとりとなって、4人で考えた兼題だ。兼題にする季語を選ぶ難しさを、実感しつつ。

紙風船の重さを確かめるために、ダイソーで買ってみました。

大小、2つ入り。折りたたまれて、ぺちゃんこの姿も独特です。

両手で、突いてみました。

ダイソーのものは別にして、こういう昔のおもちゃを作っている職人さん、今もいるのでしょうね。和紙の紙風船だったら、もっと重みがあるのかな。
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苗札・・・・この前聴いたラジオで春の季語だと知りました。
私は牛乳パックを切って、白いところに油性マジックで消えないように花の名前を書いてさします。
春らしい季語ですね。
紙風船、私も持っています。
誰かにもらったものですが、だれからもらったのか忘れました。
日曜といふさみしさの紙風船 岡本眸
なかなかいい句ですね。
紙風船の軽さと日曜日の思いは必ずしも一致しないですよね。
岡本眸さんの句、好きです。
子どものころは富山からくる薬屋さんからもらいました。
昔そのままの色合いですね
こうしてぺったんこに折りたためる技術は日本ならではでしょうね。
昔のものが売られていてうれしくなりました。
幹事さん、頑張ってくださいね。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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