「死守」という言葉が浮かんだ。
大辞林 第三版には、こうある。
【死守】命がけで守ること。「砦を―する」
大切なものを守るために、「死」さえも厭わない。
米澤穂信の連作短編集『儚い羊たちの祝宴』(新潮文庫)には、そういう人たちが登場する。だがこの「死」は自分の命ではない。死守したいもののために、殺人を犯す人たちが描かれているのだ。
浮世離れした上流階級のお屋敷で繰り広げられるこの小説は、そこで暮らす人々、つまり想像もつかないような名家のお金持ちと、そこに使える人たちが物語を動かしていく。それぞれの短編の共通点は、「バベルの会」という大学の読書サークルに所属していたお嬢様たちが出てくることだ。
『身内に不幸がありまして』
丹山吹子に使えていた夕日の手記には、吹子への思いとともに、名家を守るため無きことにされた殺人事件の手がかりが記されていた。吹子が「バベルの会」の夏合宿へ行こうという2日前、勘当された兄がライフルを持って屋敷に現れ、3人が撃たれて死んだ。そして翌年も、その次の年も、殺人は繰り返されていく。
お二人は、丹山家にとって極めて重要な人物ではなく、また、害があるわけでもありません。いったい誰であれば、あのお二人を殺す理由があったというのでしょうか。わたしには、その理由があります。
『北の館の罪人』
母を亡くしたあまりは、六綱家の大きな屋敷を訪ねた。父である人は病の床にいたが、兄であろう人が迎えてくれた。別館で働くことになった彼女が使えたのは軟禁されているもう一人の兄だった。彼は風変わりな買い物を頼むようになる。
『山荘秘聞』
屋島守子は、辰野家の別荘「飛鶏館」の管理を任されていた。ていねいに掃除をし、菜園を作り、ジャムなどの保存食に手をかけ、車の整備も欠かさない。けれど1年経っても別荘に客人は現れなかった。別荘を気に入っていた奥様が亡くなったのだ。守子は、ある日遭難した登山者を助けるのだが。
『玉野五十鈴の誉れ』
純香は小栗家の跡継ぎとして、お祖母さまの言いつけに従い、友達を作ることさえできなかった。だが15歳の誕生日にプレゼントしてもらった使用人、五十鈴と心を通じ合わせる。しかし、ある事件がもとで軟禁される身となってしまった。死を待つだけの日々の扉は、突然開く。
『儚い羊たちの晩餐』
「バベルの会はこうして消滅した」という大寺鞠絵の日記を読む女学生。彼女はかつて会が開かれたサンルームで、それを開いている。鞠絵の日記には、大寺家が雇った厨娘(ちゅうじょう)夏が料理した様子が事細かにかかれていた。ある日鞠絵は父を通じて夏にリクエストする。アミルスタン羊の肉を、と。
上流階級云々は、よくわからない。けれど、どんなところにいても大切にしていることはあるわけで、それがけっこう人から見たら些細なことだったりするわけで、だけど「死守」したいと思う気持ちもわからないわけではなく、もちろん人は殺さないけど、そこまで入れ込んじゃうことって無きにしも非ず。
LINE既読スルーを気にかけ、煮詰まった煮物の塩分にため息をつき、3度続けて買い忘れた洗剤に舌打ちし、そんな些細だけど守りたいものって嫌になるほどたくさんある。でもまあ、とりあえず大掃除は死守しなくてもいいかな。年末に読んだのも、何かのご縁ってことで。
久しぶりに帯のない文庫を購入しました。ミステリーが読みたい気分と米澤穂信への信頼から選びました。『満願』が、おもしろすぎた!
「いつ本読むの?」と訊かれることがあります。朝3時とかに起きちゃって眠れないとき、枕もとのライトをつけて読書タイムにしています。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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